「いつかこういう日がくるのはみんなわかっとったけど、やっぱ寂しいなぁー」。
創立1875年。明治維新から10年もたたずして始まった久賀島の蕨小中学校の長い歴史を締めくくる最後の運動会が行われました。最盛期は227人いた全校生徒は現在8名しかいないため、地域住民やOBが加わった賑やかなものだっただけに、終わった後の喪失感もあります。ずっとこの場所に住んできた人が、ひとつの歴史が終わるときに発した言葉は想像できない程の重みがありました。(ボクナリ 美谷広海)


  最後の大運動会の様子を写真ギャラリーで(クリックすると運動会の写真がみられます)
五島列島の中心である隣の福江島が4万人以上の人口なのに対し、久賀島の人口は約600人。島にある4つの小中学校のうち二つを兼ねる蕨小中学校が今年度で最後ということで取材することにしました。最後の晴れ舞台だけに、観客席には地区中の住人が集まってきます。

配られた大会プログラムに目を通してみると、この規模の運動会とは思えないくらい、しっかりと作り込まれています。生徒数が少ないためか、31種もの競技があり、A4の紙がびっしりと埋め尽くされていました。

生徒による種目ではなく、地域の大人や小学生とお年寄りによるチームという競技もありました。生徒は、自分の種目だけでなく、大人の競技のためのスタッフをしたり、司会をしたり、進行をしたりと休む間もなくめまぐるしく動いています。


集落の人たちは「子供が学校からいなくなったら、町の中から元気が消えてしまう」と廃校にずっと反対してきたそうですが、過疎が進み子供達が少なくなってしまいました。

早めに昼食を食べ、集落を歩いてみました。地域の人たちは運動会のため学校に集まっているため、まるでゴーストタウンのように静まり返っています。今までに訪れた離島の中でも、昔ながらの重厚な木造の家が多く残り、昔は豊かだったことが伺えます。


  人気のない集落
ひと気のない、集落を抜け、港の堤防を沖へと歩き、振り返って遠くから小中学校と集落を眺めると、離島に来たというのを強く実感します。この瞬間が一人旅の醍醐味かもしれません。

丸田さんに、「五島はいいですね」と話してみると、「じゃあ住むか?家は用意してやるから」と返されてしまい返事に窮してしまいました。
離島で感じるノスタルジーは、決してそこには住むことを考えない、住む覚悟を持たない都会人の我がままにしか過ぎないのかもしれません。


ボクナリの中で島を巡るときに考えていた「島に住んでいる人は日々なにを考えているのか?」「なぜその場所を去るのか、あるいは住み続けていられるのか?」という疑問が再び頭をよぎります。
島を去ること、島に残ることは、組織に置き換えることもできます。会社に見切りをつけ数年で転職をする人。会社に不満を持ちつつも組織に残り続けることを選ぶ人。組織を移れる人はいいけれど、残る人はそこでやり続けるしかない。

過疎化というのは改めて難しい問題だと考えさせられます。小さな頃から引っ越しが多く、移り住むのが当たり前であると思ってしまう私にとっては、住めば都でどこに住んでも人はやっていけるとも思ってしまうので、長く住み続ける人たちの気持ちは最終的には分からないでしょう。青く高い空の中で盛り上がる運動会からのぞく寂しさと居心地の悪さは、そんな断絶から来ていたのかもしれません。最後の晴れ舞台が幕を開けようとしていました。


僕らの島生活
日本は7000近くの島で形作られ、本州などを除く離島のうち約400島に人が暮らしています。海に囲まれた小宇宙のようなコミュニティに残った独自性 は、画一的な大量消費から多様性が重視される時代の変化の中で魅力を増しています。離島をただ旅をするのではなく、島に生きる同世代の男性を訪ねてさまざ まな島の姿を紹介していきます。

美谷 広海(みたに・ひろうみ)
1975年フランス生まれ。小学校は富山、中高をギリシャで過ごす。引っ越し歴14回。大学在学中に佐渡島で能を演じる高校生を取材し、飛騨高山ドキュメンタリー映像祭入賞。2006年8月からブログ「世界を巡るFool on the Web」を開始。現在、IT企業の国際展開を担当。世界各地を転々としながら創作活動を続ける村上春樹的ワークスタイルが目標。