お話を聞いた⼈今井了介(いまい・りょうすけ)音楽プロデューサー

安室奈美恵「Hero」、Little Glee Monster「ECHO」、TEE / シェネル「ベイビー・アイラブ ユー」など数々のヒット作を手がける。宮本亞門「上を向いてプロジェクト」や、コロナウイルス禍で厳しい状況の飲食店を支援するプロジェクト「さきめし」など、時代に応える活動を幅広く展開し続けている。2019年に著作『さよなら、ヒット曲』(ぴあ)を刊行した。

秋吉健太(あきよし・けんた)Yahoo!ライフマガジン編集長/カケルラボ代表

1969年生まれ。熊本県・熊本市出身。大学卒業後、92年より『月刊タウン情報クマモト』編集部で編集者人生をスタート。96年に上京し、97年に角川書店入社。『九州ウォーカー』編集長、『東京ウォーカー』編集長などを歴任し、2015年ヤフー株式会社入社。2016年より現職。カケルラボ合同会社代表。

著書『さよなら、ヒット曲』に込めた思い

秋吉:今井さんは昨年10月に『さよなら、ヒット曲』という本を、ぴあから出されました。

今井:音楽を20数年やってきた中で、チームメイクや、何か新しい音楽を目指しながら、でもやはり食べていくことを考えた時に、マジョリティにどうやったら響くものが作れるだろう。そういった、ものづくりに取り組みたいと思う方々、特に若手に対して、ぜひ伝えたいことがありますよ、ということで、去年の10月にぴあさんから上梓させていただきました。

秋吉:このタイトルはなぜ?

今井さんが昨年秋に刊行した『さよなら、ヒット曲』(ぴあ)

今井:「世の中からヒット曲がなくなる」という意味ではないんですね。
 これから音楽家・作曲家になりたい色んな方がいらっしゃると思います。今だったら、自分で作った楽曲を自分で出す方法は沢山あります。YouTube、インスタライブですぐに発信できる。TuneCore(自分の楽曲をサブスクなどで配信販売できるサービス)を使って、SpotifyやApple Musicで配信する人もいます。でも、本当に大きなプロジェクト、例えば国をあげての行事やスポーツの祭典で、プロ度が問われる音楽が素晴らしいアーティストとマッチングされる瞬間があるわけですね。

 例えば、昨年私が書かせていただいた、女の子5人組のLittle Glee Monster(リトグリ)の「ECHO」は、昨年のラグビーワールドカップのNHKのテーマソングでした。これはテーマソングの募集に自分がプレゼンした曲が「ECHO」だったんですよ。そういう大きな祭のようなプロジェクトの時に、自分の趣味だけで作るんじゃなくて、その子たちが歌ったらどうなるんだろうか。その絵面に音楽がハマった時、どうなっていくんだろうと、より豊かな想像力で考えることが必要になります。今は個人で音楽が発信できるようになったから、個人の趣味の中で音楽をやる人もいて、それは全く否定するつもりはないんですけど。(多くの人に)リーチできるために、若手の作曲家はどんなことを考えてやっていけばいいのか。そういうことを伝えることで、何かちょっと背中を押してあげられる本になったらいいなと思いました。

ソーシャルディスタンスを保ってトーク。「いつもと調子が変わるね(笑)」(今井さん)

 それで、なんで「さよなら、ヒット曲」なのか。早く結論を述べよ、ですけど(笑)。僕が20歳の頃に、先輩から機材を譲り受けて音楽を始めた頃は、とても著名なプロデューサーさんがヒット曲を量産していました。その曲たちに思い入れのある方たちはいっぱいいらっしゃると思います。でも、あくまで僕個人の感想ですが、それらの曲に全然思い入れがないんですよ(笑)。かっこいいと思ったことがなくて。そのプロデューサーが誰かは明言はしません(笑)。当時の20歳くらいだった僕ら世代は「もっとかっこいい音楽が本当はあるんじゃないか」と何度も試行錯誤しながら作ってみた。でも大体クライアントは30〜50代の方が多いので、全然理解されない。本当に足繁く何度もプレゼンして出しました。その中で初めてヒットしたのが女性2人組DOUBLEの「Shake」で、これは大変売れました。ちょっと、聴いてみましょう。

私物のDOUBLE「Shake」のレコードを手にする秋吉さん

ヒット曲の定義は過去のもの

()

今井:「Shake」は、1曲ずっと同じコードなんですよ。当時の90年代のJポップは転調に次ぐ転調でした。サビにいくとテンポがドカーンと上がったり、身をつんざくようなハイトーンになる。「音程取れてないじゃないか」とツッコミも入れつつ(笑)。とにかくポップスというのは、サビでドーンと行くものだという考えが定石でした。それに対して、「Shake」のこの展開の少なさ。コード進行に全然変化がありません。

 僕は当時、海外の音楽のカルチャーの影響を色濃く受けていました。どの曲も比較的、一曲を通してずっとグルーヴィーにノれる。海外の人と話をすると凄く面白くて「日本のポップスは面白いんだけど、どうして、やっとノッたと思ったらすぐ違うリズムやコードになるんだ?なんで踊らせてくれないんだ?」とよく言われるんです。

秋吉:踊る曲なんですね。R&B。

今井:やっぱり体を揺らして気持ちいいのがあるんじゃないですかね。セクシーな音楽だと思います。

秋吉:「Shake」が出るまで、日本にはこういう曲、なかったですよね。

90年代を振り返る今井さん。「自分のやりたいことをやりました。最初はもちろん理解されなかったけど」

今井:当時、本当になくてですね。日本のポップスはカラオケ文化が色濃くて。「カラオケで歌い上げて気持ちいい!」という曲がヒットソングとして良しとされていました。そんな中で、あろうことか、サビは「Shake it」と同じフレーズをずっと歌っているだけなんですよ。でもなぜか売れたんです。

 色々紐解いてみると、当時、皆もっと新しいものを本当は聴きたかった。でもクライアントマーケットなので、つまり僕らのお仕事は「to B to C」なんですよ。リスナーが望んでいるものがあるとしても、一旦はレコード会社の人の「こういうものを作ってほしい」というオーダーを受けないといけない。クライアントとリスナーが求めるものとの間に温度差、時代差がある。今売れているものを模倣するという、マーケティングから逆算して売れる曲を考える方が多いのは、もちろん理解はできます。

 当時の音楽はイケてないと思って、僕は自分のやりたいことをやりました。最初はもちろん理解されなかったけど、やり続けていくうちに仲間が増えていった。そしてクライアントの世代の方でも「絶対そっちのほうが面白いんだよ」と言ってくれる仲間もできていった。こんなに変わった「Shake」がシングルになって売れたんですよ。いざ売れてみたら、あらゆるアーティストが「本当はこういうのをやりたかった」と言う。事務所やレコード会社が「ガツンと歌い上げる曲を歌いなさい」と言う(ためできなかった)。

 これでゲームチェンジした。時代が変わった。アーティストが皆「やりたい」と言い出すと、急激に変わってくるんですよね。ヒットした実例が一個できた。何が言いたいかというと、ヒット曲の定義はあくまで今の時点で過去である。

 「Shake」で自分の人生が開けました。それから様々な曲をいっぱい手掛けさせていただいて。「ベイビー・アイラブユー」(TEE)や「Hero」(安室奈美恵)など、お茶の間に届くようになった。皆さんは1曲くらいはきっと知ってくれている曲があるくらい、たくさんの音楽を作らせていただいた。今度は若い世代からしたら「今井の音楽は超ダサくて、俺らがやりたいのはこういう音楽なんだよ。でも若くてクライアントも少ないし、自分たちの音楽がまだ認められてない」。と思うかもしれない。そう思った子たちがどうしたらいいか。今売れているものに無理やり日和らなくてもいい。もちろん工夫は必要なんですけど。「今これが流行っているからお仕事とるためにはこっちだよね」ではなく「今よく聴く今井の音楽はダサいのでもうなくなってしまえ!」と思いながら、自分が「新しいものを作ろう」という気概の若者がいるとしたら、「そっちが正解だからそのまま頑張れ!」という気持ちを込めて、本のタイトルを「さよなら、ヒット曲」にしました。「今あるヒット曲なんてぶっ飛ばせ」みたいな気持ちを、若いクリエティブの方々に伝えられたらいいなと思って、筆をとりました。

ZOOM参加者からコメントや質問がチャットにどんどんあがってくる

デジタル化しても変わらないこと

秋吉:「Shake」が1999年にヒットして、今井さんに色々な仕事が来るようになったと。それで2001年にiPodが出ましたね。音楽の聴き方が少し変わったと思います。音楽を気軽に屋外に持ち出せるようになった。2003年にiTunesができて、1曲単位で曲が買えるようになった。2015年にApple Music、2016年にSpotifyが日本でもスタートした。今度はサブスクリプションになった。(出版よりも)音楽のほうが少し先にデジタル化している。恩恵にあやかれる人もいると思うんですけど、仕事の内容が変わる人もいたんじゃないかなと思います。「Shake」以降ずっと第一線の現場にいらっしゃった今井さんは、その辺りはどうでしたか?

今井:凄く雑な言い方をすると、聴かれ方や届けられ方は変わりましたよね。でも作っている僕らって、結構変わらないんです。作る人と聴く人はずっといるんです。僕は衣食住以外で、スポーツ・エロ・音楽は「三大・生きるのには必要のない産業」だと思っていて。この3つは本当に根強い。音楽でいうと、作る及び表現する人がいて、聴く人は必ずいるのは絶対変わらなくて。どうやって聴かれるか、どうやって収益化するかが時代とともに変わってきた。

 そもそも1900年代初頭までは、音を録音する方法がなかった。レコードは文字通り「記録」という意味です。それまでは記録するものがなかった。僕らが普通に聴く、ドヴォルザーク、モーツァルト、ベートーベンなどクラシックがあるじゃないですか。あれは結局、作った人はどれくらいのテンポで演奏したら正解としたか、録音物は当然何も残ってないんです。音楽の時代背景を見た時に「これくらいのテンポで演奏されるのがきっと正しいのであろう」と学者たちが研究して、演奏しているわけです。

 1900年代初頭にやっとレコードみたいなものが出始めた。1920年代の昔の古いジャズを聴くと、もちろん音は悪いですよ。でも音が悪いから演奏が良くないわけじゃない。音が悪くてもいい演奏だったら伝わるし、素敵な歌だなと思う。古い録音でレコードノイズがプチプチプチとなっていても、とても情緒を感じる素敵な曲がいっぱいあるじゃないですか。

 そんな風に「素敵なものを作る」という作業に関しては、実はいつでも一緒なんです。流通の仕方、届け方、パッケージの仕方が変わった。でも音楽はそもそもパッケージのできないもの。音楽自体の定義は物理的に言うと「空気の揺れ」です。空気の振動を生み出して、人が泣いたり笑ったり踊ったりするわけじゃないですか。それは凄く面白くて。元々ノンパッケージだったものを無理やりパッケージしたものが音楽だったんですよ。パッケージになっちゃったから、権利とかいっぱいついてきた。比較的に後になってから、法整備が追いついたほうだと思います。

 最初はレコードでした。カセット、MD、CDなどになって、その後配信になった。iTunesやレコチョクなど音楽配信になった。今やSpotifyやApple Musicなど、定額制聴き放題サービスのサブスクリプションになっています。