残暑のみぎり、親愛なる読者諸賢におかれましては如何(いかが)お過ごしでしょうか。私に関していえば、くさくさしている。本当ならば今頃は、ヨーロッパの空の下だったのだ。

 以前このコーナーに、台湾は花蓮県に滞在したときのことを書いた。彼(か)の地にある東華大学にライター・イン・レジデンスの作家として招聘(しょうへい)されたのだ。ライター・イン・レジデンスとは、大学などがあごあし付きで作家を招き、数回の講演を課すかわりに一定期間生活の面倒をみるという制度である。そのライター・イン・レジデンスに、今年はオランダのライデン大学に招かれていた。

 国際的な知名度がほぼゼロの私がなぜ?

 言ってしまえば、コネである。数年前、台湾へ帰省する機内で、私はある女性と意気投合した。とは言っても、色っぽい意気投合の仕方ではない。もし色っぽい話なら、私の如(ごと)き腕のある作家は「意気投合」などという無粋な言葉は使わない。私なら「目を伏せた彼女の翳(かげ)りが、私の胸に小さな炎をともした。それはかつて失ったぬくもりの熾火(おきび)である」とか「そのまっすぐな瞳が私の孤独を射抜いた。その先にある後悔まで見通していた」などと書くだろう。私が言いたいのは、私たちは意気投合し、それから家族ぐるみの付き合いがはじまったということだ。彼女の旦那さんは台湾人で、ライデン大学で教鞭(きょうべん)を取っていたのである。

遠くへの旅がかなわず、近場の福岡市郊外を散策した。あまりの暑さに「HOTEL ZABaN志賀島」で一休み。冷たい麦茶をいただいた=福岡市東区

 日本や台湾で再会するたびに私たちは飲み明かし、私がオランダを訪れた暁にはちゃっちゃっと講演を片付けて車でヨーロッパを回ろう、あちこちでおおいに飲むぞと気炎を上げた。台湾の文化部からも助成金が下り、デン・ハーグにも長期滞在できる素敵なアパートメントを見つけてもらった。あとは渡欧の日を待つばかりだった。

 6月末の時点では、ライデン大学のほうから予定通り来てもらえないかと言われていた。EUではずいぶん移動制限が緩和され、海外からの旅行客をふたたび受け入れはじめたという。しかし国籍を台湾に残している私の場合、いったん日本を出てしまえば、再度入国することに困難が生じる公算が非常に大きい。そうなると仕事に支障が出るし、なんといっても猫に会えなくなってしまう。私は泣く泣く今年の渡欧を断念した……。

志賀島からの帰りは渡船に乗った。博多湾を揺られること約15分。潮風が気持ちよかった=福岡市

 そんなわけで、私は今年の夏も日本にいて、うだるようなこの猛暑に耐えている。ヨーロッパっぽいものといえば、先日現品処分で購入したポール・ヘニングセンのテーブルランプくらいのもので、暑い一日の仕上げにパチパチと点(つ)けたり消したりして遊んでいる。その柔らかな光芒(こうぼう)のなかに、私はオランダの運河や、ドイツの大衆酒場や、アルプスの山々の幻影を見る。

 私は、友人が運転する古ぼけたワゴン車に乗っている。窓からは熱い風と草いきれが入ってくる。果てしなくつづくフランスの田舎道を、車は砂塵(さじん)を巻き上げてガタゴト走っていく。すでに陽(ひ)は落ちかけているけれど、今宵(こよい)の宿のベッド&ブレックファストはいまだ遥(はる)か彼方(かなた)だ。友人がおもむろにブレーキを踏み、羊の一群に道を譲る。首の鈴をカランコロンいわせながら、うな垂れた羊たちが目のまえをよぎっていく。牧羊犬が軍曹のように吠(ほ)え、しんがりを守る羊飼いの老人が鳥打帽に手を添えてうなずきかけてくる。それから、追いかけてくる孫にこう叫ぶ。

 「急げ、ジャン=ポール、羊も人生も待ってはくれんぞ」

 私は助手席に乗っていて、サングラス越しになだらかな丘陵を眺めている。ラジオは「ベティ・ブルー」のサントラを流している。ベアトリス・ダル扮するベティと、ジャン=ユーグ・アングラード扮する中年男ゾルグの、純真で痛ましい愛の物語だ。なぜこの映画なのか? ゾルグが小説を書いていて、可愛い白猫も飼っているからだ。もしそこがイタリアなら、「ゴッドファーザー」のサントラでもかまわない。ヨーロッパではないけれど、ジェヴェッタ・スティールの「コーリング・ユー」がかかっていたら、私は泣いてしまうかもしれない。

荒れた道、ヴェガスからどこでもないどこかへ
かつて訪れたどこよりもましな場所
コーヒーマシーンは直さなくちゃ
そこの角の小さなカフェのね

 やがて羊たちが道路を渡りきると、友人はアクセルペダルを静かに踏み込む。暮れなずむ夕景に包まれて、私たちは自分の殻に閉じこもっている。不機嫌でもなく、はしゃいでもいない。メランコリックな雲に乗って、世界の上をふわふわ漂っているみたいだ。旅が永遠に続くことを願いながら、いつまで続くのだろうかと怯(おび)えてもいる。夜の帳(とばり)が下り、ヘッドライトが点(とも)る。私たちの憂鬱(ゆううつ)は闇のなかで身じろぎする。ちょうどそのとき、道の先にあたたかなホテルの明かりが見えてくる。

日没間際、空に美しい夕焼けが広がっていた=福岡市東区

 地獄のような日本の夏に耐えながら、「ベティ・ブルー」のCDジャケットをぼんやり眺めているときだった。思わず瞠目(どうもく)してしまった。16曲目の邦題が、なんと「朝の体温は37度2分」じゃないか! いったいなんの因果なんだ? 私の想像力は次なる獲物に食らいつく。ベティは自由奔放な女の子で、愛のせいで壊れてしまうくらい繊細で破滅的なのだから、きっとマスクやソーシャル・ディスタンシングなんかくそ食らえだったんだろうな。=朝日新聞2020年8月15日掲載