お話を聞いた⼈蜂飼耳(はちかい・みみ)詩人・立教大学文学部教授

1974年神奈川県生まれ。詩を中心に小説、エッセイ、児童文学などさまざまなジャンルを手がける。詩集に『いまにもうるおっていく陣地』(紫陽社、第5回中原中也賞)、エッセイ集に『孔雀の羽の目がみてる』(白水社)、絵本に『イソップえほん』(岩崎書店)全5巻など著作多数。『うきわねこ』(絵・牧野千穂/ブロンズ新社)は第4回MOE絵本屋さん大賞第2位、第59回産経新聞児童出版文化賞ニッポン放送賞受賞。

牧野千穂さんの絵から誕生した「えびお」

——にちようびのおひる。お誕生日を迎えた「えびお」に、おじいちゃんからプレゼントが届く。包みを開けると赤と白の縞模様のうきわ。おじいちゃんの手紙によれば、「まんげつのよる」に何かが起こるらしい——。子猫のえびおとおじいちゃんの冒険譚に心躍る、蜂飼耳さんの絵本『うきわねこ』(絵・牧野千穂/ブロンズ新社)。「浮き輪に乗って空飛ぶ猫」というユニークな発想はどこから生まれたのか。

 絵を担当された牧野千穂さんの作品ファイルを見せてもらったときに、ふと目に留まった絵が「浮き輪を持って歩いている猫」。浮き輪を腰に着けて、なんだかつまらなそうに猫背で歩いているおじさんの虎猫の絵なんですけど、それがとても印象的だったんです。妙に存在感があるというか、「生きている」感じがあって。そこから「浮き輪をした猫がそのまま空を飛んでいったら面白いかも」と、アイデアが浮かびました。

『うきわねこ』(絵・牧野千穂/ブロンズ新社)より

 「えびお」という主人公の名前はどこから思い付いたんですか?とよく聞かれますが、これもパッと転がり出るように浮かんだ名前です。本当になんで、「えびお」なんでしょうね?(笑) 「えびお」というキャラクターが固まってからは、冒頭から次々と牧野さんに描いていただきたい場面が思い浮かび、私としてはわりとスムーズに物語が展開できたように思います。

——えびおを誘ったのは、プレゼントをくれたおじいちゃん。「まんげつのよる」に、両親には内緒の冒険が始まる。

 えびおの冒険のパートナーを「おじいちゃん」にしたのは、「祖父と孫」の間に生じる自由さや気楽さを背景に、「親」とは一つクッションを置いた関係性の中で物語を展開したかったから。えびおとおじいちゃんが一緒に暮らしていないということも、ある種の非日常と結び付きやすい。こういう関係の中に、普段はできない思い切ったことに踏み出せる余地があるのかなと思います。

 私自身、子どものころは母方の祖母ととても仲が良かったんですね。夏休みに遊びに行くたびに、いろんなことを教えてもらったし、新しい経験が毎年あって。そうした思い出もストーリーに投影しているかもしれません。

 子どもにとっては一緒に暮らしている親が一番身近な存在ですよね。でも、親以外の大人——必ずしもこれは血縁とは限りませんが——がもたらしてくれる経験や成長って必ずあると思うんです。親に与えられる範囲からはみ出したところに生じる思いがけない経験や出来事。それを絵本で表現してみたいと思いました。

パステルで描き出す独特の空気感

——ふわふわとした毛が感じられるような猫たちの造形。窓から差し込む爽やかな朝の光。物語の世界観とマッチした牧野千穂さんの絵も魅力だ。

『うきわねこ』(絵・牧野千穂/ブロンズ新社)より

 初めてえびおのラフを見たときに、自分が想像していた以上の「えびお」がそこに存在していてびっくり。牧野さんは、えびおがどんな子猫なのか想像し、「よく動き回るやんちゃな男の子」というイメージで描いてくださっている……この子猫に愛情を注いで造形してくださったことが、絵から直に伝わってきました。

 『うきわねこ』は、牧野さんにとって初めての絵本作品。一枚で成り立つ絵のお仕事をそれまでずっとされてきたので、ページをめくるたびに展開がある「絵本」という媒体で、登場人物に動きを持たせて繰り返し描くということは非常にチャレンジングなことだったのではないでしょうか。ふわっとした猫の毛並み、時間の変化による光線の移り変わり具合や空気感……パステルを塗り重ねた繊細な表現は、牧野さんにしか描けないものだと思います。

 基本的に絵については、牧野さんのイメージにお任せしましたが、えびおとおじいちゃんが大魚を釣るシーンだけ、「魚をとにかく大きく描いてほしい!」とお願いしました。初めのラフでは、えびおたちと同じくらいの大きさの魚だったんですけど、「ナンセンスなくらい大きな魚を猫が釣って、大魚を噛みつくように食べたら面白いんじゃないか」と。「ありえないこと」が起こるのが絵本の楽しさですから。

『うきわねこ』(絵・牧野千穂/ブロンズ新社)より

 好きな絵はほかにもたくさんありますが、読者に人気が高いのは大きな満月を背景におじいちゃんとえびおが出会う場面。とても印象的ですよね。ここはブックデザインを担当してくださったAD(アートディレクター)の故・坂川栄治さんのアドバイスでこうしたダイナミックな構図になったと聞いています。私が書いた文章に牧野さんの絵が組み合わさり、デザイナーさんや編集さんとともに一冊の絵本を作り上げていく……「一人では決してできない」という点も絵本作りの醍醐味だと思います。

空を飛ぶのは「ただ一度きり」の奇蹟

——浮き輪で空を飛び、恐竜たちとすれ違い、大魚を釣った後、「このうきわは あしたから/ふつうの うきわに なってしまうよ。/いちどしか とべないんだ。」とえびおに優しく語りかけるおじいちゃん。2匹の一夜の大冒険は夜明けとともに幕を閉じる。

 まるで『ドラえもん』のアイテムのように週末のたびに使える、という選択肢もあったんですが、この物語の中では「空を飛べる浮き輪が使えるのは1回だけ」。夏休みは毎年巡ってきますが、子どもにとってその年の夏休みは1回きりの貴重なものですよね。「ただ一度きりの奇蹟」がえびおに何かを教え、彼を成長させる。そうした経験は、子ども時代にはたくさんあると思います。

『うきわねこ』(絵・牧野千穂/ブロンズ新社)より

——えびおとおじいちゃんの冒険は本当のことだったのか、それとも夢だったのか。読み手によってさまざまに解釈できるのも面白い。

 大空ですれ違う恐竜やヘリコプター、釣り上げた黄金の大魚がえびおの家の中にも飾ってあるので、「すべて、えびおの夢だったのではないか」という解釈もありますね。また何人かの読者からは「空の上で会うということは、おじいちゃんは亡くなっているのではないか」という声も寄せられました。自分とおじいちゃんの思い出に引き寄せて、いろいろ想像してくださっているのかな、と思います。読者によってさまざまな解釈がありますが、そこは皆さんが自由に受け取って絵本の世界を楽しんでもらえるとうれしいです。