堀部篤史が薦める文庫この新刊!

『読書と人生』 寺田寅彦著 角川ソフィア文庫 924円

『野呂邦暢ミステリ集成』 野呂邦暢著 中公文庫 1100円

『風に吹かれて、旅の酒』 太田和彦著 集英社文庫 924円

 (1)は、物理学者であると同時に夏目漱石門下の名随筆家としても知られる、寺田寅彦の書物に関する随筆を中心に編んだ一冊。書店についても触れられており、筆者は立場上読んでいて背筋が伸びる。書店で探しものを尋ね、「ない」と答えられた本がすぐ目の前に並んでいたことをうけ、「商人が自分の商品に興味と熱を失う時代は、やがて官吏が職務を忘却し、学者が学問に倦怠(けんたい)」する時代であると指摘する一方で、丸善の書棚を端から眺めていくだけで本を読まずとも「刺戟(しげき)と鞭撻(べんたつ)」を感じるとも綴(つづ)る。その書物愛は筋金入りなのだが、同時に「少(すくな)く読み、多く考えよ」という言葉にも共感を寄せ、詰め込み型の読書を批判している。

 長崎県諫早市で執筆を続けた芥川賞作家、野呂邦暢はミステリの乱読者であった。中短編のミステリ作品とミステリに関するエッセイをあわせて収録した(2)。下戸ゆえに酒を飲む代わりにミステリを読むという著者は、犯人を推理することにも、機械じかけのトリックにも無関心だ。人間がよく描けていることが面白さの肝だと看破する野呂流ミステリは今なお色褪(いろあ)せず新鮮だ。

 居酒屋文化の伝道師が、居酒屋の外でのことを綴った(3)。真空管アンプでジャズやクラシックのレコードに耳を傾け、仕事場の台所で手際よく料理し、美術館で伊藤若冲や曾我蕭白に驚嘆する。どの分野にも造詣(ぞうけい)が深く、なるほど良い居酒屋とはそれらの美意識を総合した空間なのかと納得した。(書店「誠光社」店主)=朝日新聞2020年11月14日掲載