スクリーンが待っている [著]西川美和

 映画「永い言い訳」をはじめ、著者の作品には人の心の弱さや脆(もろ)さを浮き彫りにしながらも、誰かのさりげない優しさや心のふれあいを描くものが多い。
 本書は、著者の新作映画「すばらしき世界」の制作過程を中心に、映画を作る上での葛藤や困難、喜びなどの裏側を泣き笑いとともに綴(つづ)ったエッセイである。
 一貫してオリジナルにこだわってきた著者が、昭和末頃に書かれた小説(佐木隆三著『身分帳』)をベースに映画を作ろうと思ったところから、本書は始まる。
 原案小説を読み込み、今は亡き作者の関係者を辿(たど)って情報を集め、細かな設定まで徹底して確認する。さらにはリアリティーある脚本執筆のため、自ら婚活パーティーや刑務所へ足を運んで取材。著者の作品にかける情熱や、制作に関わるすべての人と物事へ向ける気持ちに打たれる。
 また著名な俳優たちの知られざる魅力、専門技術職の方々の仕事ぶりや、オーディションで選ぶ立場としての葛藤など、映像には残らないやりとりも新鮮だ。
 この数年で映画制作や公開する環境も大きく変わっている事実を本書で知った。以前と同じようにはいかない、そんな中でも、誰かを笑顔にするため、世により良い作品を届けようと努力している人がいる。
 昨年、ただでさえ大変な制作の途中で、コロナの蔓延(まんえん)によって編集休止を余儀なくされてしまう。そんな場面での著者の、「私の映画の主人公も、多くの幸福をフィルムに焼き付けてくれている。それをちゃんと仕上げて、人に見せなくちゃ」という言葉は重く響いた。
 読後、スクリーンが待っている、と久しぶりに映画館を訪れた。「すばらしき世界」は最高に素晴らしかった。最後は涙が止まらず、席から立ち上がれないほどだった。実際には映っていない著者の思いや、切り取られた場面の数々が、映画全体に生きているようだった。 
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 にしかわ・みわ 1974年生まれ。映画監督。「ゆれる」「ディア・ドクター」など。小説や随筆も手がける。