世界は善に満ちている トマス・アクィナス哲学講義 [著]山本芳久

 トマス・アクィナスといえば、中世ヨーロッパを代表する神学者である。『神学大全』という本を書いたくらいだから、きっと難しい話をたくさん書いたのであろうと敬遠する人がいてもおかしくない。しかしながら、そのような思い込みをいったん置いて、この本を手にとって欲しい。「哲学者」と「学生」の生き生きとした対話を通じて、読者は魅力的な哲学の思考に誘われ、世界を肯定することの意味について考えることになるはずだ。
 それにしても、タイトルにある「世界は善に満ちている」とはどういうことだろうか。私たちは日々、社会の至るところに悪と不幸を見いだし、世界に怒りと憎しみがあふれていると感じている。日々の報道を見れば、不正や悲惨さの数々に言葉を失い、否定的な感情に接すればするほど、自分もまたそのような感情の虜(とりこ)になってしまう。それなのに著者はどのようにして、世界を肯定するのか。実際、本に出てくる学生(かなり批判精神に富んでいる)は、それが新手のポジティブ・シンキングの勧めではないかと哲学者を問いただす。
 本の中心的テーマはトマスの感情論である。私たちはしばしば「それは感情論だ」という。しかしトマスは、感情にも論理と構造があり、それを丁寧に解きほぐすことで、自分と世界をより適切に結びつけていくことができると説く。人は何か魅力あるものと出会い、それに心ひかれることから感情を持ち、欲求を覚える。トマスはそれを愛と呼び、愛の対象を善という。様々なものに心動かされる経験を通じて、人は変わっていく。
 もちろん善を失うと思えば恐れが生じ、憎しみや絶望も生まれる。しかし根底にあるのは愛であり、人を憎むものもまた、何かの愛を追っていることを理解すべきであるとトマスは教える。そして、世界には未知の善があり、それに開かれることで自分を変えていく可能性を強調する。
 確かに世界に憎しみが溢(あふ)れているとしても、憎しみを持つ人間が何を愛し、何を恐れているかを考えれば、あるいは対話の余地が生まれるかもしれない。そのような枠組みに立てば、「善に対する愛」を軸に歪(ゆが)んだあり方を修正し、全体としての世界のより良いあり方を構築していけるかもしれない。本書を読んでいると、世界に遍在する善への感覚が少しずつ甦(よみがえ)ってくる気がする。
 評者は政治学者であり、ややもすれば世界や社会の悪や不正にばかり目が行きがちである。それでも「絶望しすぎてはいけない」、「憎しみより愛が根底的である」という本書のメッセージを大切なものであると思う。
    ◇
やまもと・よしひさ 1973年生まれ。東京大教授。専門は哲学・倫理学(西洋中世哲学・イスラーム哲学)、キリスト教学。著書に『トマス・アクィナス 理性と神秘』『トマス・アクィナス 肯定の哲学』など。