澤田瞳子が薦める文庫この新刊!

『王の没落』 イェンセン著 長島要一訳 岩波文庫 1122円

『開化鉄道探偵』 山本巧次(こうじ)著 創元推理文庫 814円

『風神雷神』(上・下) 柳広司著 講談社文庫 各792円

 多様な歴史を味わう三冊。

 (1)一九四四年にノーベル文学賞を受賞した著者による本作は、現代デンマークでも二十世紀の代表作と位置付けられる歴史小説。その残忍さから王位を追われた十六世紀のデンマーク王・クリスチャン二世と、刹那(せつな)的な生きざまゆえに多くの人々を傷つける男・ミッケル。身分も育ちも異なる二人の凋落(ちょうらく)の半生は、時に幻の如(ごと)く立ち昇る伝説の巨人や亡霊の嘆きと共に読者の胸を生々しく揺さぶる。北欧史とは縁の薄い日本の読者のため、訳者による歴史背景概説が冒頭に記されているのもありがたい。

 (2)維新の余燼(よじん)冷めやらぬ明治十二年。滋賀と京都を結ぶ山岳鉄道隧道(すいどう)・逢坂山トンネルの工事現場で頻発する謎の事件に、元・北町奉行所同心と鉄道局技手見習の二人が挑む。新旧が併存する明治特有の混沌(こんとん)と時局に翻弄(ほんろう)される人々の哀歓に、鉄道とミステリーという魅力的な要素まで混ぜ込まれた読み応えある一冊。鉄道とは国を生かすための血管にして血流であるとの弁が胸に迫る。

 (3)美術に興味のない方でも、どこかで一度は目にしているであろう風神雷神図屛風(びょうぶ)。本作は知名度の割に生涯が謎に包まれたその作者・俵屋宗達を描く伝記小説。宗達自身はもちろん、同時代の美術工芸分野のエキスパート・本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)や時代のトリックスターたる公家・烏丸光広(からすまるみつひろ)、更には宗達を取り巻く女たちの強烈な個性が一枚の屛風に収斂(しゅうれん)する。現代語を用い、読者の歴史理解を促す文体にも注目だ。=朝日新聞2021年4月24日掲載