お話を聞いた⼈阿津川辰海(あつかわ・たつみ)

1994年、東京都生まれ。東京大学卒。作家。2017年、新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」から『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。『透明人間は密室に潜む』が「2021本格ミステリ・ベスト10」国内ランキング1位のほか、ランキングを席巻。最新刊は『蒼海館の殺人』。ジャーロのサイト上にて「阿津川辰海・読書日記」を連載中。

本を読まずにはいられない子供

――Twitterを拝見していて、阿津川さんは相当な読書家だと思っていました。昨年は何冊読まれました?

 去年は、たぶん320冊とか。

――お勤めもされていますよね。作家との兼業の生活でどこにそんな時間があるのかと。

 通勤途中はずっと読んでいるんですけれど、調子のいい時は行き帰りで読み終えるので。それに320冊の中には再読した本や資料本など要点だけを確認しながらパパパって読んだ本もあるので。学生時代からの習慣で、ずっと本を読んでいないと落ち着かないからそうなっているだけなんです。

――その読書遍歴のすべてをおうかがいするのは難しいですが、本日はよろしくおつきあいください。いつも、いちばん古い読書の記憶からおうかがいしているのですが。

 小さい頃に絵本の読み聞かせは結構してもらっていたんですけれど、たぶん、自発的に読んだのは『大どろぼうホッツェンプロッツ』かあまんきみこの『車のいろは空のいろ』のどちらかなんですよ。そこから本当にいろいろ読みました。小学生の頃に学校で「読書通帳」みたいな取り組みがあったんです。読んだ本の感想と、その本のページ数を記録して「1年に何ページ読もう」という目標があって。通帳がいっぱいになったら、ページを付け足せるんです。今も持っているんですけれど......(と、モニター越しに通帳を見せる)。

――ずいぶん分厚いですね。

 まあ小学生なので、学校としては年に1000ページとか2000ページくらいの設定だったんだと思います。「月に1冊ずつ、年間10冊くらいは頑張って読みましょう」くらいの目標で、私だけ1人で何万ページとか読んでどんどんページを足していました。小学生の頃だから、やはり「お前本当にそんなに読んでいるのか」と言ってくる奴がいるんですが、聞かれるとあらすじを楽しそうに滔々と話し出すという。

 「かいけつゾロリ」とか「ズッコケ三人組」のシリーズはまとめ読みして、「マジック・ツリーハウス」シリーズあたりからファンタジー少年としての読書が始まって。通帳は年ごとに新しいものに変わるんですが、繰り返し読んだものも書いていいと言われたので、4、5、6年生あたりは毎年気に入っていた本を読み返して、「読書通帳」に書いていました。はやみねかおるさんの「夢水清志郎」シリーズと、「ダレン・シャン」シリーズと、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』なんかは、もう好きすぎて毎年読んでいましたね。『水滸伝』や『三国志』を毎年読んでいる時期もありましたし。

――小学生の頃に小説の『水滸伝』や『三国志』ですか。

 さすがに子供向けの短いもので、長いほうは中学生か高校生になってから読みました。この頃は、ミステリははやみねさんとか、講談社の青い鳥文庫で出ているものくらいしか読んでいなかったですね。

――「パスワード」シリーズとか。

 そうそう、松原秀行さんの「パスワード」シリーズは大好きでした。

――小説を読む以外に好きなことはありましたか。どんな子供だったのかなと思って。

 ああ、今もそうですけれどゲームもやっていましたし、漫画も「週刊少年サンデー」や「週刊少年ジャンプ」をみんなで貸し借りしながら読んだり。当時流行っていたのはサンデーの「金色のガッシュ!!」と「うえきの法則」で、特殊設定好きの原点かもしれません。あまり外で遊ぶ子供じゃなくて、ともかくフィクション好きでした。ゲームだったら「ドラゴンクエストⅧ」が出た頃にそればかりやっていて、学校で「ここまで進んだ」と言ったら「そこまでまだ俺たち進んでないからネタバレしないで」と言われたり、そんな会話をしていました。ゲームも「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」とか、ストーリーがあるRPGが好きで。ただ、やっぱり一番は本でしたね。朝のホームルームの前に朝読書の時間があるんですが、学級文庫の本でどれが面白いか結構聞かれていました。本ばかり読んでいる変な小学生でした。

――小学生の頃から司書のようなことを(笑)。国語の授業は好きでしたか。

 作文や、短篇みたいなものを書く課題はやっぱり好きでした。それが存外楽しかったので、友達と交代でリレー小説みたいなこともやりましたね。ノートに第1章を書いて友達に渡して、翌日に友達が第2章を書いきて、次に自分が第3章を書いて。そのノートはもうどこかにいってしまいましたけれど、学校が舞台の青春小説っぽい内容でした。一人で書いている時は延々とファンタジーっぽい話を書くこともありましたが。

家族も読書家

――読む本は、学級文庫や図書室で出合うことが多かったのですか。

 学級文庫と図書室と、親が薦めてくれた本ですね。親が薦めてくれたのは、それこそ『大どろぼうホッツェンプロッツ』とかあまんきみこさんとか。伝記とかも買ってもらっていました。「かいけつゾロリ」や「ズッコケ三人組」は学校の図書室でまとめ読みしました。『三国志』は、親が横山光輝の漫画の『三国志』を持っていた記憶があるので、そこから小説も読み始めたんだと思います。漫画はほかに『ヒカルの碁』もあったので読みました。

 あとは中学に入ってから、親が持っている東野圭吾さんや宮部みゆきさん、恩田陸さんの本を読みましたね。

――親御さんも読書家だったんですか。

 そうです。もう家族そろって読書家で。結構家にいろいろ本がありました。それで東野さん、宮部さん、恩田さんの本はその頃刊行されていたものはほぼ読みつくしました。

 小学校5、6年生の頃は受験があったので勉強もしなくちゃいけなくて、中高一貫校に入ってからは解放されたように小説を読んでいました。

 中学1年生の時に東野さんの「ガリレオ」シリーズのドラマをやっていたんですよ。だからクラスでも流行っていたんですが、「ガリレオ」シリーズ以外の話になると話してくれる同級生がいなくて、家族で感想を話すことが多かった気がします。『秘密』とか『白夜行』の話なんかをしてました。宮部さんは、実は青い鳥文庫に入っていた『ステップファザー・ステップ』と『パーフェクト・ブルー』が初体験で、中学では『理由』と『龍は眠る』にどハマり、恩田さんは『六番目の小夜子』、『ライオンハート』、『ユージニア』がとても好きで。

 で、私が学校で教えてもらって伊坂幸太郎さんの『オーデュボンの祈り』を読んで、「伊坂幸太郎めちゃめちゃ面白いぞ」と家で布教しました(笑)。伊坂さんの小説って、エピソードや登場人物が緩やかに繋がってるじゃないですか。あれをマッピングするのが好きな中学生でしたね。で、確か、中学一年の時に「週刊少年サンデー」で大須賀めぐみさんの『魔王 JUVENILE REMIX』の連載が始まったんですよね。あれが凄まじく面白くて、まさか、伊坂さんの『魔王』と『グラスホッパー』と掛け合わせて、その相乗効果でこんな凄いエンタメと異能バトルを書くか、って。そんなこともあって、伊坂さんとの出会いは深く心に刻まれてます。だから中学1年生の頃は東野さん、宮部さん、恩田さん、伊坂さんの4人が私の中で超ブームでした。

――ごきょうだいはいらっしゃるのですか。

 6歳離れている妹が一人います。気質は似ているんですが方向性はちょっと違う感じですね。本は時折読んでいるみたいで、最近、妹から芦沢央さんや河野裕さんの名前が出てきてびっくりしました。芦沢さんは『カインは言わなかった』、河野さんは『昨日星を探した言い訳』が面白かったと。逆にはやみねかおるさんのことはあまり知らないようです。

――ああ、ミステリの原体験って世代で違いがありますよね。この取材をしていると、ある世代以上の人はたいていルパンとホームズ、少年探偵団を通っているんです。それが、阿津川さんの世代くらいになると、はやみねさんと漫画の『金田一少年の事件簿』を挙げる方が多くなる。

 はやみねさんは、私が中学生の時に「夢水清志郎事件ノート」シリーズの『卒業』が出て一回完結したんですよね。『都会のトム&ソーヤ』という冒険小説要素が強いミステリシリーズも始まっていましたし、同時代性が強かったのだと思います。妹は米澤穂信さんなんですよ。僕が高校2年生の時に「古典部」シリーズの『氷菓』のアニメがやっていて、学校のみんなも観ていたんです。高校生男子は「千反田えるには興味ないし」って顔をするんですけれど(笑)、妹は小学5年生か6年生だったので素直にハマったようです。折木奉太郎役の声優の中村悠一さんのことも好きらしく、そういうところが原体験になって、彼女は米澤さんからミステリに入ったようです。今大学生なんですけれど、最近、私が書棚の整理をしている時に米澤さんの作品を出していたら「貸して」って言ってきて、また読んでいました。その時に有栖川有栖さんも貸して、気に入っていましたね。

夢のような図書室

――中高時代は学校の図書室をかなり活用されていたようですね。

 中高一貫校でしたが高校のほうが古くて、後から中学がくっついた学校だったんです。なので高校のほうに古い図書室があって、中学生も使っていいことになっていました。そこがクリスティー文庫は揃っているわ、横溝正史は全部あるわ、新本格以降の作品もあるわ、夢のような図書室でした。で、入り浸って、もう借りまくるわけです。

 そうしたら高校の司書さんに目をつけられて「君、伊坂さんとか恩田さんとかめちゃくちゃ借りているよね。伊坂さんの『死神の精度』はどうだった?」「もう最高でしたね」みたいな話をしたら、「これ好きだと思うから読んでみない」って、3冊渡されたんです。それが綾辻行人さんの『十角館の殺人』、乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』、歌野晶午さんの『葉桜の季節に君を想うということ』。今から思うと狙いすましたような3冊だったんですよ。こうしたトリック系のものを読んだこともありましたけれど、それでもこのレベルの豪速球を3連続で食らったのはそれがはじめてだったので、まんまとはまってしまって。週末に渡されて週明けには3冊読み切って返して「この人たち他の本貸してください」って。綾辻さんも歌野さんも乾さんも、本当に全部揃っていたんです。

――はあー。本当に夢のような図書室ですね。

 その司書さんも相当手をまわしていたようで、三津田信三さんの刀城言耶シリーズの最新刊があったり、道尾秀介さんの『向日葵の咲かない夏』『シャドウ』もあって、それもまんまと読みました。「あの人の薦めた本は全部面白い」と全幅の信頼を置いていました。そこから新本格の作家と、2000年代の三津田さんや道尾さんの新刊を立て続けに読みました。小学生の頃の「読書通帳」がそのまま習慣になっていたので、自分でノートに「読書日記」のようなものを付け始めたんですが(と、モニター越しにノートを見せる)。

――コクヨのキャンパスノートですね。

 これに日付や感想などを書き始めました。今見ると、しばらくはクリスティー文庫と、司書さんに薦められた新本格の作家をガンガン読んでいますね。夏休みに入ると二階堂黎人さんの『人狼城の恐怖』とか麻耶雄嵩さんの『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』を読んだりしていて、薦められたものをそのまま読む素直な中学生だったんだなって気がします(笑)。日記の内容も興奮してますし。

 中学生の時にはもう文芸部に入っていたんですけれど、最初に渡された3冊を読んでから、明らかにミステリしか書かなくなって。

――文芸部だったんですね。

 部活は文科系に入ろうとは決めていて。小学生の時に友達と交換で書いていたノートがやっぱり面白かったので、「文芸部があるよ」といわれて自分でも書いてみたいなと思ったんです。入ったら入ったで、みんな、はやみねかおるさんが好きだから話が合って楽しくて。雰囲気がすごく良かったと思います。中学生の時、朝日新聞のオーサー・ビジットという作家を学校に招く企画で、はやみねかおるさんをお呼びしたことがあるんです。あの時はみんなで盛り上がりましたね。

――その時のはやみねさんのお話が非常に印象的だった、と前におうかがいしましたが。

 そうですそうです。「カニッツァの三角形」という、円の一部を山形に切り取ったものを三か所に配置すると三角形が見えるという錯視の話でした。図形を置くことが伏線で、見えてくる三角形が真相。そして、いかにばれないように図形を置くのかが伏線の面白いところで、僕たちミステリ作家の仕事なんです、みたいなお話でした。それを聞いてなんかすごく感動したんですよね。それが原体験というか、かなり思い出に残りました。

――ところで阿津川さんは、ルパンやホームズや少年探偵団のシリーズは通ったのですか。

 江戸川乱歩の「少年探偵団」のシリーズは全部は読まなかったですね。ホームズは子供向けの、『赤毛組合』や『まだらの紐』といった有名なものがセレクトされたものを読んで面白いとは思ったんですけれど、小学生の頃は「ふうん」で終わっちゃったんです。

 綾辻さんの作品をはじめて読んで、「メフィスト」で連載していた「綾辻行人と有栖川有栖のミステリ・ジョッキー」を読むようになって、その第何回かがホームズの回だったんですよね。有栖川さんが「技師の親指」、綾辻さんが「唇のねじれた男」を選んで、その短篇を読ませた後に2人でトークするくだりがあって、それではじめてホームズの面白さを知りました。

 「技師の親指」は最初に読んだ時に全然感動しなかったんですけれど、相談者が馬車で連れて行かれたアジトの場所を推理して「最初の地点から東にあるに違いにない」「西だ」「北だ」「南だ」って4つの意見が出てきた時に、ホームズが出てきて「どれでもない」って言うんですよ。初読の時は読み流していたんですけれど、有栖川さんは「これが推理だよ」みたいな言い方で褒めていて、それで楽しみ方が分かったんですよね。綾辻さんが「唇のねじれた男」を挙げているのも、確かにネタの使い方や作品の雰囲気が綾辻さんっぽいなと思って、だんだん「ホームズって面白いな」となりました。

 本格ミステリに関しては、司書さんを入り口にして、本にまとまった『綾辻行人と有栖川有栖のミステリ・ジョッキー』を読み、その後、綾辻さんが編んだ本格もののアンソロジー『贈る物語Mystery』とか、有栖川さんの『有栖の乱読』などのエッセイ本を読み。法月綸太郎さんはもちろん評論を書かれていますし、角川文庫から出ていた『法月綸太郎の本格ミステリ・アンソロジー』『山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー』とかを中学3年生の時に律儀に読んで、一気に広げていきました。それで知る作家がいっぱいいました。

――そうやってミステリの古典やルールを学んでいったんですね。

 図書室で全部読めたんですよ。あの司書さんが絶対に手をまわしていたんですよ(笑)。自分が住みよいようにあの図書室を作っていたんだと思うんです。あの人のおかげで、三津田さんも道尾さんも知ったし、それで2011年に道尾秀介さんの推薦文が載った帯つきで復刊した都筑道夫さんの『怪奇小説という題名の怪奇小説』を読み、同時期に光文社文庫で合本で復刊した長屋ものの『ちみどろ砂絵』などの砂絵シリーズもどんどん読んで「同じ作家が書いたのか」と驚いて、高校生1年生の時に自分の中で都筑道夫ブームが始まったりして。

 それと、はやみねかおるさんの雑学クイズみたいな本が出て、その本文かチラシか忘れてしまったんですけれど、「はやみねさんが大好きなミステリ3冊」として、泡坂妻夫さんの『亜愛一郎の狼狽』と天藤真さんの『大誘拐』と、栗本薫さんの『ぼくらの時代』が挙げられていたんです。そこからこの3人の作品をひたすら読んだ時期もありました。やっぱり『亜愛一郎の狼狽』が衝撃的でした。「こんな力の抜けたキャラクターととぼけた感じの世界観からこんなトリックがガンガン出てくるのか」って。はやみねさんが「亜愛一郎の3冊は毎年読み返している」と書いてあったので、それで私もいまだに、亜愛一郎と、都筑道夫の短篇をなにかしら一篇読んで年を始めるという習慣を続けています。はやみねさんの真似をしたいという子供心から生まれた習慣なんです。

――図書室に全冊揃っていたというクリスティー文庫は、読んでみていかがでしたか。

 クリスティーも小学生の時、子供版の『オリエント急行殺人事件』などを読んだんですが、その時はそんなにはまらなかったんです。だから有名な作品のオチはだいたい知っていたんですが、せっかく図書室にあるからクリスティー文庫の1番から順に読んでみようとなり、『スタイルズ荘の怪事件』を手に取って。あれって全部分かっていて読み直すと、作りが分かるんです。「ここにこういう伏線があって、ここにミスディレクションを置いて、こう作ってある」って。真相は分かっていてもめちゃめちゃ面白いというタイプの本でした。それと同じ経験をしたのが『邪悪の家』で、あれはオチは知らなかったんですが、ミステリを読んでパターンが分かってくると、「こういうことかな」と当たりをつけられたので、その技巧を味わえたんです。「クリスティーってものすごく勉強になる」という気持ちが芽生えた上で『オリエント急行殺人事件』を読み返したら、子供版で削られている中盤の尋問パートがものすごく面白かった。あの作品って最後のオチだけが取り沙汰されがちですけれど、前段のところで2回尋問が入るんですよね。1回目は事実関係をするための尋問で、2回目は「あなた、ここで嘘をつきましたね」という尋問。『ナイルに死す』でも『死との約束』でも同じようなことをやっていますけれど、とにかくこの2回目の尋問パートがめちゃくちゃ面白い。暴露と気付きの連鎖で膝を打ちますし、もう全員が怪しく見えるし、それを1個1個指摘していくポアロのやり口も楽しいし、「子供版では削られていたけれど、ここがクリスティーの本質なんじゃないか」ということに気づいて虜になりました。

師匠がいなくなる

――10代の頃にどんな本との出合いがあるかって大切だと思うんですけれど、阿津川さんはめちゃめちゃ素晴らしい出合いをされていますね。

 そうですね。あの図書室がなかったら、今の私はありません。

 でも、私が高校1年生の時に司書さんが転勤でいなくなってしまって。師匠がいなくなっちゃったので自力で本を探さなきゃいけなくなったんです。だから、高校1年の後半か2年の頃から、学校帰りに神保町の古本屋を巡るようになりました。そこからジョン・ディクスン・カーとかクリスチアナ・ブランドを集める古本マニアの病気が始まりました。

――ジョン・ディクスン・カーにはまったのですか。

 最初に読んだ『帽子収集狂事件』は合わなかったんです。あれは、「江戸川乱歩が選ぶベスト10」に入っていたから、図書館で読んだんじゃなかったかな。「短篇集だったら大丈夫だろう」と『妖魔の森の家』を手に取って途中まで読んだら、これも面白いけれど、表題作は世間でいうほどの傑作なのかなと、もやっとした気持ちになって。でもせっかく買ったし、と最後まで読んだら、最後の「第三の銃弾」という中篇がとにかく面白かったんですよね。ミステリの筋はシンプルで、密室の中で2人の男がいて、1人が銃弾で撃たれ、もう1人が拳銃を持っていた。どう考えてもそいつが犯人なんですが、銃を調べてみたら撃たれた銃とは違うとなって、どんどん違う事実が明らかになる。ちょうど都筑道夫さんにかぶれていた時期だったんですが、都筑さんが『黄色い部屋はいかに改装されたか?』で謎解き小説の大事な点は「『論理によって作られた謎』を『論理によって解く』ことだ」と強調していたんです。「第三の銃弾」の、新事実が明らかになってどんどん状況が複雑になって謎が増していく作りが、まさに論理によって作られた謎ではないか、と気づきました。そこから、どのカーも楽しく読めるようになりました。

 だいたいカーって、長編は全部20章で構成されていて、各章の終わりに必ず意外な事実を提示したがるんですよね。どんなに不自然でも意外な事実を提示してドーンと章を切ってしまう。その話作りの呼吸が分かってくると、大体の作品を愉しめるようになるんですよ。「第三の銃弾」はそれがよく表れている作品だと思います。誰かに勧めるなら、『貴婦人として死す』『爬虫類館の殺人』あたりでしょうか。個人的には、今読みなおすと異世界転生ものとしても読める冒険活劇ミステリの『ビロードの悪魔』なんかも偏愛ですね。

――クリスチアナ・ブランドは。

 最初に読んだのは『緑は危険』でした。これで最初に痺れたのが、空襲で周りは荒れ果て、戦傷者もどんどん運び込まれている病院で、看護師が平然と「それが当たり前の日常だから」というスタンスで仕事をしているところ。あのクールな乾いた感じがすごく好きでした。『ジェゼベルの死』でもその感じは共通していますし、雰囲気が好きだというのが最初にありました。そこからやはり、あの「お前もうやり過ぎだろう」というくらい密度が濃い謎解きにはまっちゃって。『緑は危険』も解決篇が長いですけれど、ハヤカワのポケミスの『自宅にて急逝』なんかは途中から自白合戦が始まる。関係者たちがそれぞれ思惑を秘めて「自分がやりました」「いや、私がやりました」って言い始め、全員「確かにそれっぽいな」と思わせる。こんな鬼みたいなプロット、よく構築できるなと思って。なおかつ感動したのが、ポケミスも200ページ台だし、『緑は危険』は文庫で300ページしかないのに、なかなか読み終わらないこと。濃密すぎてじっくり読んでしまう。それが楽しいんです。あまりに好きすぎて全部読むのがもったいなくて、年1冊くらいしか読めない時期もありました。もう全部読んでしまったので、未訳の新しいのが出てくれないかな。

現代英国ミステリが好き

――司書さんがいなくなってから、情報はどんなふうに集めていたのですか。

 ネットの知識に頼り始めたのもこの頃です。よく頼っていたのは、「黄金の羊毛亭」さんという、結構長く続いているミステリの書評サイトです。なぜ一番使っていたかというと、ジョン・ディクスン・カーの感想が全作書いてあるんですよ。新本格や古典の感想も充実していて。普通の感想とネタバレページに飛んで読める感想があって、ネタバレありだと、どこに伏線があって、なんていうのも細かく書いてあるんですよね。ネタバレ感想でも他の作品の内容に触れるところは文字反転にしてあって、ネタバレを避けられたので、使いやすかった。

 そうしたネットに頼り、あるいは先述した有栖川さんや法月さんの評論本に頼り。後は「『山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー』に載っていたジェイムズ・パウエルの「道化の町」が面白かったけれど同じタイトルで短篇集が出ているらしい、よし買おう」とか、「法月綸太郎さんが編纂しているから絶対ロバート・トゥーイの『物しか書けなかった物書き』は面白いに違いない」とか、そういう探り方をしていました。

 足がかりがないから、先述したとおり、「江戸川乱歩が選んだ海外ミステリベスト10」みたいなものも参考にしました。『赤毛のレドメイン家』が1位のランキングです。そうしたことをやって、高校2年生までは古典ばかり読んでいて、この頃にエラリイ・クイーンにもはまりました。

 1年の頃だったか2年の頃か、文芸部の顧問の先生に、「家の整理をしてこれ余ったからあげる」と言われて、恩田陸さんの『きのうの世界』とピーター・ラヴゼイの『偽のデュー警部』をもらったんですよ。『偽のデュー警部』は「ハヤカワ文庫の100冊」の帯がついていました。「面白いんですか」と訊いたら「めちゃめちゃ面白いよ」って。その頃、イギリスの現代寄りのミステリは全然読んでいなかったんですね。「ふうーん」と思っていたら翌日にはひっくり返って「なんだこれ、めちゃめちゃ面白いじゃないか」となって。「現代のイギリスの作家は面白いに違いない」となり、その時に、図書室にあったジム・ケリーの『水時計』を読み、D・M・ディヴァインの作品も創元推理文庫からたくさん出ていたので買って読んで、英国ミステリばかり読む時期が始まりました。

――ピーター・ラヴゼイは何が好きですか。

 『偽のデュー警部』はやっぱり好きですね。当時の、現代のイギリスミステリを読んでいなかった私にとっては新鮮だったし、船の上の話が好きだということもあってはまったんですが。

 今、人によく薦めているのは『煙草屋の密室』という第一短篇集ですね。ラヴゼイは長編のストーリーテリングとプロットが抜群に面白いんですけれど、短篇のアイデアストーリーも面白くて。他にも『ミス・オイスター・ブラウンの犯罪』、『服用量に注意のこと』という短篇集が出ていますが、やっぱり『煙草屋の密室』は表題作がパズラーとして面白いし、ホラーっぽいものもあれば日常の謎っぽいものもあるし。一番好きなのは「パパに話したの?」って短編で、郵便ごっこが好きな子供の話です。手紙を勝手に近所の人のポストに入れちゃう遊びをしている、という可愛らしい始まり方をするんですけれど、次の瞬間に戦慄が走るんですよ。パパからもらったラブレターが見つからない、もしかしたら、あの子が持っていったのかもしれない......という話。で、なんとか取り返そうとするんですね。オチまで最高の一篇です。他にも「肉屋」「ゴーマン二等兵の運」「ベリー・ダンス」など傑作・良作が目白押し。まず『煙草屋の密室』を読んで、多才な人なんだと分かった上で、『偽のデュー警部』なり『苦い林檎酒』なり『マダム・タッソーがお待ちかね』あたりを読むとなお楽しめると思います。

――現代のイギリスミステリでは他に何が好きでしたか。

 その頃一番好きだったのは文春文庫から出ていたジェームズ・アンダースンの『血のついたエッグ・コージィ』。1970年代に書かれているので、イギリス新本格派くらいの作品ですが、内容はクリスティーに近くてオールドスタイルのカントリーハウスに人が集まって殺人が起きます、というオーソドックスな内容です。でも登場人物全員が魅力的なんですね。それもクリスティーっぽいんですけれど。「何かしら思惑が動いているぞ」というところからゴンゴン入っていって、一番興奮したのは、解決篇が100ページくらいあるところ。「実はこの人ここでこんなことしていました」「ここでこの人とはあの人とすれ違っていました」みたいなことを延々やりはじめるんですけれど、一切混乱しないでぐいぐい読めるんです。もう本当に伏線の塊みたいな本で、「いや、これは面白い」となって。実は私の『紅蓮館の殺人』とか『蒼海館の殺人』は、クリスティの『ナイルに死す』とこの『血のついたエッグ・コージィ』をやりたくてあんな構成になっています。

――ああ、一人ずつに話を聞いてから謎解きしていく終盤の展開、パズルのピースがカチカチとはまっていく快感はすごかったです。

 そんなわけで、図書館司書という師匠を失ってからは、三津田さんや道尾さん、東川さん、石持さんといった新刊は継続して読みつつ、海外ミステリばかり読んでいる時期でした。大体この頃に今の自分にほとんど近づいた気がします。

学校生活と読書

――そういえば阿津川さんは高校時代に一度、小説の新人賞に応募されて最終選考まで残ったんですよね。

 16歳の時に中篇の賞に応募して最終選考に残りました。選考委員の作家の方に一言コメントをもらったのがめちゃくちゃ嬉しくて。文芸部に入った時は「小説を書いてみたい」という気持ちでしたが、「作家になってみたい」と思ったのは、それがあったからかもしれません。

 応募した小説はミステリというよりサスペンスみたいな感じで、今思うと特殊設定っぽいんですよ。西澤保彦さんを読んでいた影響かなと思うんですが、文章は京極夏彦さんの『数えずの井戸』が大好きだったんで、猿真似していました。本格ミステリでもないし、今書いているものとは全然違いましたね。

――文芸部では、文化祭の時などに冊子を作ったりしていたんですか。

 文芸誌を3か月か4か月に1回出していたんですよ。ただ、公立だったので、営利活動しては駄目ということで、文化祭も模擬店を出せない学校だったんです。たとえば家庭科部でクッキーを作ってもいいけれど、無料配布でないと駄目だっていう。文芸部でも冊子は作ったんですけれど、全部無料配布でした。階段脇の「ご自由にお取りください」とチラシを置いているスペースに冊子をドンと置いておく感じでした。

 文化祭ではクラスで何かやるにしても模擬店は駄目なので、全クラス演劇をやることになって。私は小説を書いているからって脚本を投げられ、監督までやれって言われ、文芸部では1、2年の時に編集長をやっていたので、文化祭の時期は寝ていなかったです。

 その文芸誌ではずっとミステリっぽいものを書いていましたが、読んだ本の影響をすぐ受けるので、乙一さんにはまった時には乙一さんぽくちょっとホラー風味にしてみたり、霞流一さんと門前典之さんが大好きだった時期はもう、馬鹿みたいなトリックを大胆にやろうという感じで、大事故が起きる作品を書いていたりしました。それこそ都筑道夫さんの砂絵シリーズにはまっていた時はにわか知識で書いた捕り物帖を書きました。もう、やりたい放題でした。

――すごい。なんでも書けるってことじゃないですか。

 「書けて」はなかったです。あはは。文芸部で一応合評会をするんですけれど、完全にタコ殴り状態だったんですよ。部員は男子が私ともう一人しかいなくて、あとは全員女子で、気の強い方が多かったので、まあもう、クソミソにけなされるわけです。「ロマンチストすぎる。お前がこの文章書いているかと思ったら気持ち悪い」みたいなところからきて、「でも、トリックはいいね」みたいな。鍛えられました(笑)。

――ちなみに学校は、文系と理系と分かれていたのですか。

 高校3年生の時にまず国公立を目指すか私立を目指すかに分かれ、そこからさらに文系理系に分かれるんですが。私が国公立の文系クラスを志望したら「なんで」みたいな話になって。自分で言うのもなんですが、数学の成績がよくて、日本数学オリンピックとかに出た時もあったので、完全に東京大学の「理Ⅲ」を目指すものだと思われていたんです。でも「俺は文系を出て弁護士になって、余生を小説家で過ごすんだ」と言っていてました。結局は余生ではなく、大学のうちに新人賞に送りまくってこうなっていますけれど。

 数学はある程度できたんですけれど、やっぱり数学オリンピックに出たら限界を感じたんです。上には上がいすぎるなと感じて、そっちの道は私には無理だと思いました。高校の頃の重めの挫折です。

――いやいや、数学オリンピックなんて、もうすごいですよ。それとは別に、前にフランス革命の時代が好きだったとうかがったので、世界史が好きだったのかなと思って。

 確かに世界史も好きでしたし、現代文も好きでした。数学は解けた時が面白いからのめり込んでいたんですよ。でも一番は世界史でした。だから、ミステリ以外で読んでいる本はほとんど数学の本か世界史の本でした。ジャレド・ダイアモンドとか読んでいたのもあの頃だし。

――『銃・病原菌・鉄』とか?

 そうです。新潮文庫から『フェルマーの最終定理』とか『四色問題』といった、青色の背の数学本も読んでいました。で、歴史に関しては完全に世界史脳で、逆に日本史が頭に入らないんですね。都筑さんの砂絵シリーズとかはあまり歴史に関係ないので楽しく読めましたけれど、日本の時代物はいまだにちょっと苦手意識があります。

 高校の世界史レベルだと、中世くらいまでそんなに人が出てこないじゃないですか。個人名はそんなに出てこなくて、国とか領土とかの対局的な話が延々続く。近世くらいになると人がばっと増え始めてドラマが始まるイメージがあります。それでフランス革命の頃が好きなんですね。雑な言い方をすると、高校日本史は登場人物が多すぎるんですけれど、高校世界史レベルだと、ちょうどいい登場人物の数で壮大な話を読んでいる気持ちになるんです。その頃は読んでいるのも海外ミステリばかりだったから、そこに直結するところも大きくて。

 創元推理文庫から出ているシオドー・マシスンの『名探偵群像』という、歴史上の偉人だったら生涯に一度は大事件に遭遇して謎を解いているはずだという設定の短篇集があるんです。アレクサンダー大王とか、レオナルド・ダ・ヴィンチとか、ナイチンゲールが出てきて謎を解く。あれが面白かったですね。あとは柳広司さんの初期の作品。シュリーマンを描いた『黄金の灰』とか、ダーウィンが出てくる『はじまりの島』とか、『饗宴 ソクラテス最後の事件』とか。あのへんが大好きで、あのあたりの歴史は説明されなくても分かる、みたいな。それらを読んでいるだけでも楽しいけれど、世界史の授業では図説やビデオを見せてもらえるのでビジュアル面でも補完できて、2倍、3倍楽しくて。だから、授業が現代史になると「なにが面白いんだ」となったんですが、ジョン・ル・カレを読んで「ああ、これが現代史をやる意味か」って思って。

――ふふふ。東西冷戦時代のスパイものだから。

 ル・カレを読むには国際情勢がある程度頭に入っていないと難しいな、と気づいたんです。勉強しながら読んでいる本に繋げるのがすごく好きだったんです。意図的に繋げているところもあって、別の例で現代文なら、また柳広司さんなのですが、中島敦の「山月記」をもとにした『虎と月』という長編があって、ちょうど現代文の教科書に載っていたから併読したりもしていました。美術の授業でキュビズムの画像を見た時は「ああ、これが『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』と思ったり。その相乗効果で楽しかったんじゃないかと思うんですよね。