お話を聞いた⼈川名潤(かわな・じゅん)装丁家

 1976年千葉県生まれ。インフォバーン、prigraphics inc.を経て2017年に川名潤装丁事務所を設立。文芸、漫画の装丁やエディトリアルデザインを中心に活動。最近の装丁に今村翔吾『じんかん』、恩田陸『スキマワラシ』、金原ひとみ『fishy』、乗代雄介『旅する練習』、佐藤究『テスカトリポカ』、鳥飼茜『サターンリターン』、ヤマシタトモコ『違国日記』など。雑誌は現在「小説推理」(双葉社)、「群像」(講談社)のデザインを担当。「群像」にて「極私的雑誌デザイン考」を連載中。

 川名潤さんは、雑誌から書籍まで「なんでもできる」装丁家だ。

 漫画家・今日マチ子さんの鮮烈なデビュー作『センネン画報』、250万部を突破した漫画版『君たちはどう生きるか』、最近大きな話題を呼んだ文芸誌「群像」のリニューアル、そして本棚にたたずむ小説や人文書の数々――。大学卒業後、月刊誌「サイゾー」の創刊デザイナーになった川名さんの軌跡を辿りながら、雑誌で培った一冊ごとの「文化祭感」を楽しむ、ブックデザインの仕事について聞いた。

美大生がエディトリアルデザインに出会うまで

 「タイポグラフィーを使って何かせよ」。川名さんが多摩美術大学グラフィックデザイン学科の学生だった頃に、授業でこんな課題が出たという。

 川名さんは、図書館で安部公房の『壁』(新潮文庫)を借りてきて、PCにテキストを全文打ち込み、自分で装丁をしてみた。初めてのブックデザインは「地味」な作業ではあったが、「本を一冊つくる満足感、達成感があった」と原体験を振り返る。

 大学3年生のとき、講師だったクリエイターに居酒屋で「音楽雑誌のデザインがくそダサい」と本音をぶちまけ、その人の伝手で雑誌デザインのチャンスを掴んだ。「引いたばかりのダイヤル回線のインターネットを使って、テレホーダイ対応(の時間)になったらページを仕上げて送る。毎月4、5ページでしたね」

 1990年代後半の通信環境とともに、川名さんのデザインの仕事は始まった。

華々しいデザインの世界では佐藤可士和さんなどのスターが次々と生まれていた頃。川名さんは、地味なエディトリアルデザインにルサンチマンを抱いていたという。「僕はこういう地味な作業をしていく人なのです、というねじれた自意識があった」と当時の思いを噛みしめた。

 ブックデザイナーとしての将来像は見えてきたが、就職活動では狭き門の出版社とは縁がなかった。

 そんな川名さんの目に止まったのが「こばへんの編集モンキー」という日記サイト。こばへんこと小林弘人さんは、WIRED日本版の初代編集長(現インフォバーン代表取締役CVO)だ。

 「昔の『WIRED』が大好きだったんです。デザインの参考にもしていました。編集長がずっとWeb日記をつけていて、あるとき『WIREDは廃刊になるんだけど、新しい雑誌を準備してます』といってロゴだけ発表したんですよ。デザイナーが足りませんって書いてあったので連絡を取って、なんとか『サイゾー』の創刊スタッフになることができたんです」

「文化祭」のように編集者とつくる雑誌の醍醐味

 月刊誌「サイゾー」の編集部で、週5日泊まり込みで働く日々が始まった。

 編集者やカメラマンなどと、みんなで作る雑誌の醍醐味を知ったのはこの頃。川名さんは、「お祭り感があるというか。締め切りに向けてみんなでやる文化祭の延長みたいな。かなりキツかったけど高揚感があってとても楽しかったですね」と話す。

 3年が経った頃、大阪の京阪神エルマガジン社が発行するタウン誌の編集長から、新雑誌のアートディレクターの依頼を受け、川名さんは京都に引っ越した。心機一転、手がけたのは、「コミーツ」というティーン向け雑誌の創刊だ。

 「若い人向けの雑誌だったんで、編集者と学生のアルバイトもみんな10代後半から20代前半の人たちでした。ワイワイ作って、できたー! やったー! と盛り上がったんですけど、1冊で休刊。実際お祭りのように過ぎ去ってしまった(笑)」

 その後、同社のタウン情報誌「L magazine」のアートディレクターを6年ほど担当。当時の日々を「寝ずに仕事していた環境から、一気に左京区的モラトリアム」と、川名さんは語った。

 「働いているのは月の半分ぐらいで、残りの半分は、鴨川の土手に行っておにぎり食べたりしていました。最高だったんですよ。でも2年やって焦ってきて、27歳で東京に戻ってきました」

 知り合いの編集者が立ち上げたデザイン事務所、プリグラフィックスに所属。本の雑誌「ダ・ヴィンチ」やオピニオン誌「論座」をはじめ、お笑いやカルチャー誌、漫画や文芸書などの書籍の装丁など幅広く手がけるようになった。

 そして2017年に独立。川名さんが40歳のときだった。

文芸誌『群像』の大幅リニューアル

 最近の仕事では、2020年1月号からの文芸誌「群像」(講談社)のリニューアルが印象に残る。編集長からは、「全部がらっと変えちゃってください」と託されたそうだが、1946年創刊の文芸誌とどう向き合ったのか。

 「『群像』は、今まで何人ものデザイナーが表紙を作っていますけど、本文までやった人はいなかったみたいなんですよ。だから、どう手を加えても絶対によくなるというか、リニューアルしがいがあったんです。装丁家であり書体デザイナーの山田和寛さんにお願いして、本文用の仮名書体を作ってもらうことから始めました」

 ロゴは、グラフィックデザイナーの鈴木哲生さんに依頼した。よく見ると、各号の「像」のデザインが違うことに気づく。

 「『群像』って像が群れているわけです。まあ、そのまんまですが(笑)。毎月、表紙に並ぶメンツが変わると総体としての雑誌の像が変わる。だから像の字のロゴだけ毎月変えていくことに必然性があるなと」

表紙には、川名さんがお願いしたいと思っていたクリエイターの写真やイラストなどの作品を起用。200人ほどの秘蔵リストがあるという。

 編集部からデザインの修正が入ることはないそうだ。

 「テキストだけ送られてきて、僕の方で判断。こういうデザインやイラストレーションがいいだろうという自信はまあまああるんですけど、やり直しは今まで一回もないですね。毎月これだけ名のある作家が書いている贅沢な環境で、好きなことをやらせてもらっています。いいのか悪いのか、自分が好きなミニコミを作ってる感じはありますね」

 「『群像』は、いや、どの文芸誌もそうかもしれませんけど、決して儲かるものではないですからね。編集部にも、どうせなら自分たちが好きなものや信じるものをやってやれという気概があります。リニューアル特大号と銘打ってから、ずっと同じくらいの厚さが続いているのも、編集部の反骨だと思うんですよね」

「昔は文芸誌がクリエイティブの最先端だった」と川名さん。「群像」のデザインは、創刊当時の「群像」のほか、グラフィックデザイナーの戸田ツトムさんが担当していた80年代の「文藝」なども参考にしているという。

仕事の依頼が変わった、ある漫画家のデビュー作

 単行本では、2008年に発売されヒットした漫画家・今日マチ子さんのデビュー作『センネン画報』(太田出版)の装丁を手がけている。

 「センネン画報のなかに見覚えのある風景があって。小学校からずっと銚子電鉄に乗って学校に通っていたので、このページも僕が住んでいた実家の近所の駅」

 「当時付き合っていた彼女のことを思い出したりして、『これは俺だ』って思いながら作って。編集者からは『うわー』って気持ち悪がられましたけど(笑)。ほんと僕の思い出と同じようなキラキラした本にしてあげたいな、と」

 漫画ながらハードカバーにした理由を尋ねると、川名さんは本棚から高野文子さんの『おともだち』(筑摩書房)を手に取った。

 「編集者と今日さんが『このくらいきちんとした本にしたい』と持ってきたのがこれでした。『おともだち』は僕も好きな本だったので嬉しかった。この本が出てから『漫画だけど、大切に作った感じの装丁にしたい』という依頼が増えましたね」

(左から)今日マチ子さんの『センネン画報』と高野文子さんの『おともだち』

ブックデザインの仕事とは

 装丁の仕事について「あまりデザインしている意識はない」と川名さんは話す。

 「本って四六判、A5判、並製、上製、みたいな限られた仕様ですでにモノとしてはデザインされている。原稿に書かれていることを引っ張り出して装丁をつくるので、ゼロから何かを作っている意識は全くない。僕は便宜上デザイナーですって言い方しますけど、スタイリングを考えているくらいにしか思ってないです」

事務所には、川名さんが手がけてきた雑誌や書籍、文庫たちが並ぶ。

 ただ近年は、ネット書店やSNSの普及とともに「過剰なことをせざるを得なくなってきている」と分析する。

 「最近は、一番はじめに読者が本を見る機会がSNSだったりネット書店だったりする。書店で実物を見るよりも先にサムネイルで見ることになるので、そうなると手触りのない状態のまま、なにかを仕掛ける必要がある。僕に限らず、本全般が表紙でインパクトを出すようになってきている気はしますね」

川名さんが装丁を手がけた漫画版『君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)は、250万部を突破。たしかに表紙にインパクトがある装丁だ。

 ここで川名さんは、単行本の装丁の仕事を一からレクチャーしてくれた。

 「テキストが編集者から送られてくるところから始まります。ワードのときもあればテキストデータのときもあって、生データでもらうようにしています。そのままだと読みづらいので自分用の組みがあって。縦組み2段で見開きで、何ページになるかだいたい計れるんですよ」

「お風呂で読むときのiPadのフォーマットはこれですね。仕事の半分が原稿を読んでいる時間。気がつけば読書のほとんどが仕事のゲラ。本が好きでこの仕事を始めたはずが、滅多に本のかたちでは読んでいませんね」と川名さん。

 表紙のデザインは、原稿を手がかりに組み立てていく。例えば、作家・高山羽根子さんの『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』(集英社)では、最後のシーンに出てきた雪虫がヒントになった。

 「雪虫という架空の虫が主人公のまわりを飛ぶんです。写真家の馬込将充さんと相談して、実際に小説のシーンだったNHKの遊歩道の近くで撮ってみようにも、虫がいないんですよね。それで馬込さんが近くの東急ハンズでビーズを買ってきて、それを放り投げて虫に見立てて撮ることしたんです」

 「それでもちょっと地味だったんで『色が入るといいなあ』と言って、僕のスマホを真っ青な画面に、編集者のスマホを真っ赤な画面にしてふたりで立って。それでできあがったのがこれ。何をやってんだろうと3人で大笑いしながら撮影していました」

スーパーのチラシも表紙の素材

 作家・青木淳吾さんの『匿名芸術家』(講談社)では、近所のOKストアに通い、何を買ったかが何度も書かれていた。「名画の研究と、近所のOKストアに通う話が後に残った」川名さんは、まずOKストアの本社に電話した。

 「OKストアが頭から離れなくなっちゃったんで、本社に電話して『装丁にチラシ使わせてもらえませんかね』と聞いてみたんです。そしたら案の定、うまく話が通じない。『ソウテイとは?』みたいな感じで。『チラシがご覧になりたいのであればWeb版がありますのでそちらをどうぞ』ってあしらわれちゃった(笑)。実際そのチラシを見てみると、写真のない商品リストのようなもので、いわゆるスーパーのチラシっぽくない」

 「だったら自分で作ってしまおうと、フリー素材を集めてきて、近所の新聞屋さんでチラシをもらってきて食品の値段をあらかた調べて。完全にでっち上げた広告ですね。『冷凍加工品大特価セール』とか、キャッチコピーも全部、適当に考えたものです」

よく見るとカバーはスーパーのチラシが透けて見える。

 表紙のイラストには、主人公の画家志望の学生がスーパーのチラシの裏に、もう一人の主人公が研究する(19世紀のフランスの画家)エドゥアール・マネの「草上の昼食」をあしらった。イラストレーターの赤尾真代さんに、「学生が戯れに描いたかんじで」と、色鉛筆で適当に描いたイメージで描いてもらったという。

ホラー作家の平山夢明さんの『あむんぜん』(集英社)では、自らの卒業アルバムや家族写真を素材にデザイン。主人公の坊主の中学生にヒントを得て、アルバムのクラス写真を徹底的にモンタージュ加工した。上野公園を舞台にした短編も収録されていたため、裏表紙には、4歳の頃に川名さんが遊びに行った上野動物園で母と撮った家族写真を使ったという。

昨日読んだ原稿で今日の行動が変わる

 装丁で一番楽しいときを尋ねると、「ラフがイラストレーターによって本物になる瞬間と、OKストアに電話しているとき」という答えが返ってきた。

 「俺はいま何をやっているんだろう、みたいな(笑)。昨日読んだ原稿によって、今日の行動が決まる。原稿は指令書ですね。東京を走り回って戦う小説をやったときは、翌日に都内を自転車でぐるぐる回って聖地巡礼しながら写真を撮った。湾岸倉庫に忍び込んで寝そべって写真を撮ったり。またあるときは中学校のクラスメイトの顔写真を切り刻んだり、母親の顔に目線を入れたり」

 独立してからは、自分も読者として楽しめる作品を積極的に受けるようなった。すると「本屋で見た」という編集者から声がかかることが増えたという。

 「気持ちの入り方が違うというのが見た目でバレますからね。『何でもできます』をアイデンティティーにしてきたんですけど、もうそれでがんばるほど若くもないなと。好きな本をやって年を取っていければ、それが理想だなと思います」

 原稿は指令――。今日も川名さんのブックデザインという名の冒険は続く。