「中世ヨーロッパ」 [著]ウィンストン・ブラック

 わたしの研究するヨーロッパ政治思想史では、宗教改革やプロテスタンティズムの歴史的意義を強調するあまり、中世やカトリシズムを否定的に描く通史叙述が少なくなかった。
 中世を「暗黒時代」とみなす理解はどのようにつくられたか。中世は実際はどんな時代だったか。本書はこのテーマを史料にもとづいて徹底的に問う。
 残虐な暴力に満ちた野蛮。迷信だらけで学問を抑圧する蒙昧(もうまい)。感染症がすぐに広まる不衛生。こうした中世理解は、プロテスタンティズムや啓蒙(けいもう)、あるいは19世紀以降の学問がつくりあげたフィクションである。これがこの本の基本的なメッセージだ。本書は、論点ごとにいくつもの根拠史料を長文で抜粋しているので、読者は、中世の実像やフィクションの形成過程を自ら確認できる。
 フィクションはいくつかのパターンでつくられた。
 鳥のクチバシのような医師のマスクも、魔女の火刑も、近世以降の出来事が中世に投影されたもの。ガリレオ裁判も近世の事件だ。馬に乗って戦う騎士や入浴しない習慣は、少数の事例を誇張して一般化したパターン。5世紀から8世紀は暴力と知的衰退の時代だったが、これを一般化して千年間を理解はできない。
 女性教皇ヨハンナや子ども十字軍のように、全くのつくり話もある。教会が科学を抑圧し、学問や医術は迷信だらけだったとの理解も根拠が薄弱という。地球平面説を信じたのはごく少数だったが、オバマ米元大統領ですら中世を誤ったイメージで語った。「暗黒の中世」を描く映画やゲームは現在でもたくさんある。
 本書の示唆は過去の理解だけにとどまらない。
 こちらとあちら、味方と敵。二分して、あちら側や敵側を邪悪な暗黒とみなす構図は、中世の理解だけには限られない。本当に白と黒にきれいに描き分けられるか。根拠は十分あるか。様々な局面でわたしたちの知性が試される。
    ◇
Winston Black 中世史研究者。中世科学史・医学史が専門で、薬学と薬草学(本草学)を研究。