「尊皇攘夷」 [著]片山杜秀

 NHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」が面白い。日本の近代化を進めた渋沢栄一が主人公だが、前半は幕末、若き栄一が当時流行していた「尊皇攘夷(じょうい)」という思想にどう向き合ってきたかが物語の中心をなしている。
 ドラマに胸を衝かれるセリフがあった。水戸藩出身の一橋慶喜(草彅剛)が腹心の部下を水戸藩士に暗殺された後にこうつぶやく。「尊皇攘夷か……。まこと呪いの言葉になり果てた」
 天皇を立て、外国を打ち払う。日本を新時代に導いたのは間違いなく水戸で生まれた尊皇攘夷思想だが、慶喜のつぶやきに象徴されるように、この思想によって幕末の日本は複雑怪奇な道をたどることになった。
 本書は、政治思想史研究者の片山杜秀さんが、なぜこの思想が幕末の日本を混迷に陥れたかについて、水戸藩2代目藩主の徳川光圀が水戸学を起こしたところから解き明かしていく。
 光圀は兄を差し置いて藩主になったことへの後ろめたさから、過剰に義を重んじて尊皇の感情に至ったこと。外国船が常陸沖に現れ始めた頃、漁民が外国人に親近感を抱いたことに武士が危機感を募らせて攘夷の機運が生まれたこと……。
 片山さんの博学ぶりは本書でも全開している。北畠親房の「神皇正統記」などは当然のこと、メルビルの「白鯨」や近松門左衛門の「国性爺合戦」、小津安二郎の「秋刀魚の味」までが動員される。文体が時折講談調になったりして全く飽きるところがない。
 正義の思想は往々にして過激化する。志を同じくしていた者たちが少しの考え方の違いから凄惨(せいさん)な内ゲバへと発展してゆく。
 幕末に攘夷を達成出来なかった日本は日清、日露、さらには太平洋戦争で攘夷を実現しようとして敗れ去る。そして今、また「嫌韓・嫌中」という新たな攘夷思想が勢いを増している。本書のエピローグを締めくくる一文は「青天を衝け」の慶喜のセリフと見事に呼応している。
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かたやま・もりひで 1963年生まれ。政治思想史研究者、音楽評論家、慶応大教授。著書『未完のファシズム』など。