働き方改革のロールモデル企業

 超高齢化社会による定年年齢引き上げや、労働人口・働く世代の変化、新型コロナウイルス感染症の流行……。様々な要因により、働き方が変化しています。そして、2019年4月以降に順次施行された「働き方改革関連法」は大企業だけでなく中小企業にも適用され、企業には従業員のために“働きやすい環境”を整備することが求められています。

 働き方改革にここ数年で着手する企業も多いなか、2001年よりいち早く取り組んできたのが、世界に480の拠点をもち従業員数約77000名のIT企業シスコです。

 2019年および2020年に世界60カ国以上の「働きがいのある会社」を調査するGreat Place to Work®(GPTW)によって世界1位を獲得。日本では、GPTWジャパンによる2021年版の日本国内「働きがいのある会社」大規模部門(従業員1000名以上)において、2018年に続き第1位に選出されています。まさに働き方改革のロールモデルといえる企業です。

 シスコの執行役員で人事本部長の宮川愛さんは、日本の企業で起きている問題について次のように指摘します。
 「近年、終身雇用は崩壊しつつありますが、企業を早い年齢で退職する人の多くは新たなチャンスとチャレンジを求めていて、優秀な人材が多いです。つまり企業からすれば辞めてほしくない人材が、真っ先にいなくなってしまう。そのような社員にとって魅力的な企業でならなければいけませんので、いままで以上に企業が『どのような価値や体験を社員に提供できるのか』を考えて、実現しなければいけません」

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 それでは、改めて企業にとって辞めてほしくない人材とは、どのような人物像なのでしょうか?
 「これまでは、たとえば専門的な知識を持つ人やオペレーション能力が高い人、組織のなかで言われたことを着実に実行できることが必要とされていた能力でしたが、これからは点と点を線でつなぐ力やデータと人の感性をつなぐ力、新しいものやアイデアを自ら生み出していく力が必要です。そして複雑性が増している世の中で、個々の強みをいかしつつ皆とコラボレーションができ、チームとしての強みを最大化できる人物像が求められています」

 この優秀な人材を確保するために企業として必要なのが、多様な人材を生かすダイバーシティの意識。シスコでは、ダイバーシティ経営をさらに進化させた「インクルージョン&コラボレーション(以下、I&C)」を現在の経営戦略にしています。

このI&Cは企業規模を問わず参考になるもの。シスコのI&Cに至るまでには、2001年からの働き方改革を振り返る必要があります。

「インクルージョン&コラボレーション(ダイバーシティ)」で働きがいをつくる

 シスコの働き方改革は、時代の変遷にあわせて進化しています。いまに至るまでには、4段階の改革が行われてきました。

変革の第1期(2001年〜)……営業社員の生産性の向上や、従業員満足度の向上などを目的に在宅勤務を導入

第2期(2007年〜)……子育てをする女性をサポートするとともに在宅勤務の拡大と、オフィス移転にあわせてフリーアドレスやペーパーレス化を推進

第3期(2011年〜)……「インクルージョン&ダイバーシティ(以下、I&D)」により、さまざまなバックグラウンドをもつ社員がお互いを認め合う文化を推進

第4期(現在)……I&Dを発展させたI&Cで市場変化に対応しうる組織作りを実施

 「I&Cは積極的にお互いの違いを受容しあう環境の中で、異なるバックボーンをもつ人々のコラボレーションがより効果を発揮し、イノベーションを起こすことを目的としています」と宮川さんは言います。

 I&Cのなかには6つのコミュニティが存在し、たとえば「Flexible Work Practices(革新的で多様なワークスタイルの推進)」や「Women of Cisco(優秀な女性社員の獲得、育成、維持)」「PRIDE (LGBTQについて正しい理解を広め、支援する)」など、働きたくなる企業文化を醸成するとともに、他企業とも交流することで、社内外への影響力も高めています。

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 異なる立場、価値観や性別、国籍の人達の力を包括的にまとめて協働によって成果を上げていくI&Cは、経営戦略としてシスコの核になっています。I&Cをふくめたシスコの企業文化を築くのは、一人ひとりの社員です。この企業文化(カルチャー)と働きやすい環境を含め、カルチャーを戦略的に根付かせるための制度(プロセス)、そしてシスコ自社のコミュニケーションツールWebexをはじめとしたテクノロジーの3要素がそろうことで、社員の“働きがい”を支え、それが企業成長につながっていくのです。

コロナ禍で、イノベーションを起こす

 コロナ流行前からテレワークを週1日程度おこなう社員が40%以上いたシスコですが、現在は80%以上の社員が月に2〜3回以下の出社を希望し、平均約5%の出社率を実現しています。

 「現在は、シスコの働き方改革第3期のときに起きた東日本大震災時と状況が似ています。大震災時の『会社として社員の安全と健康を最優先にする』ということが大きな転機になりました。それまでは部署によっては在宅勤務と出社のバランスにばらつきがありましたが、全員が2週間“出社しない働き方”の経験を共有したことで、働き方改革のマインドセットが加速して現在に至ります。コロナ禍でも同じことが起きていて、私たちはいまをイノベーションの時期として、市場変革に対応しうる体制を作っていきます」

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“働きがい”のある企業になるために

 これらの取り組みのように、時代に合わせた職場環境づくりによって、多様で優秀な人材を確保、維持することができ、ひいてはそれが企業成長につながります。そして宮川さんが指摘するように、いまは型通りの社員よりも新しく斬新な視点をもつ“多様性”をもつことが、中小企業経営においても大切といえるでしょう。

 「『働くこと』は、ただお金を稼ぐだけではなく、一人ひとりに意義があるものです。日本には何かを犠牲にしてでも働かなければいけないというカルチャーがありますが、仕事は自分にとってわくわくするものでなくてはいけません」

“働きがい”のあるシスコには3つの基本理念があります。

「トップダウンとボトムアップの双方向のアプローチ」
 ・トップからのコミットメント・発信(目的・意図の明確化)
 ・共通の目的意識の醸成
 ・全員参画

「一人ひとりの役割と期待値を明確化」
 ・自由と自律
 ・密なコミュニケーションの意識

「最初から完璧を目指さない(アジャイル)」
 ・発想の転換:XXだからできない→YYすればできるへ
 ・小さな試作、検証を繰り返す

 これらの基本理念が、社員全体に浸透していることで、自らの仕事が企業を動かしているという意識、すなわち“働きがい”を高めています。

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 最後に宮川さんはコロナ禍の市場変化に耐えうる企業を作るために必要なことを、「社会のニーズを読み、企業に取り入れること」だと語ります。

 「働きがいのある企業づくりには終わりがないと思っています。時代の変化やニーズをキャッチして社内に取り入れていかなければなりません。また、いまは未来の働き方を考える必要があります。コロナ禍が終わったとしても、リモートと出社を組み合わせたハイブリッドな働き方は、今後さらに広まっていくと思います。シスコとしての20年の経験が役に立つと思いますので、今後も他の企業のためにも新しい働き方を日本社会に広めていきたいと思っています」

 ニューノーマルの時代に合わせた、新しい働き方が日本で求められるなか、シスコが行なってきた働き方改革は、中小企業経営に役立つはずです。誰もが働きやすく、働きがいを感じられる環境づくりが急務のいま、シスコのように社員と対話をしながら、ともに企業文化を醸成していくのが、新しい職場作りの鍵となるかもしれません。