かれこれ三十四年ほども前、小池真理子、藤田宜永のご夫妻とは、一度だけ飲んだことがある。一九八七年、アメリカ留学から帰ってきたばかりの年に、旧知のミステリ作家・笠井潔氏の紹介で、都ホテル(当時)のバーで共通の編集者も交えた酒席だった。笠井さんのパリ生活時代には、藤田さんがフランス語の家庭教師をやっていたという。しかし、当時小説を書き始めていたというのは知らなかった。小池さんの方は、ベストセラー『知的悪女のすすめ』の著者として存じ上げていた。いずれにせよ、お二人がまだ作家デビューまもない頃、軽井沢へ移住される数年前のことだ。いかにも当時流行のトレンディ・ドラマに登場しそうな、お似合いのカップルという雰囲気だった。

 それからほぼ十年後、小池さんは『恋』で直木賞作家となり、新世紀を迎えて藤田さんも『愛の領分』で直木賞作家となった。当初はおふたりともミステリやサスペンスを得意とされていた印象があったので、そろって恋愛小説の名手として名を馳せるようになったのは意外だった。もっとも、最近作に至るまで、おふたりの作品はたとえ恋愛小説であってもミステリアスでサスペンスフルである。そこでは限りなく異形の愛に近い禁断の愛が描かれる。通俗的な不倫は序の口、果ては近親相姦や同性愛や小児性愛まで。その意味では、小池さんの直木賞受賞作『恋』と藤田さんの傑作短編「わかって下さい」にどこか共通するものを感じたこともある。

 あまり忠実な読者ではないものの、面白そうなタイトルに惹かれて買い求めたら、果たしてそれが小池さんの『二重生活』(二〇一二年)だったという奇遇も経験した。フランスの前衛芸術家ソフィ・カル(Sophie Calle)のアイデアに基づいて、とにかく何の理由もなく街中で歩いていて気になった人の後をつけていくということを実験してみる女性の物語である。そうすると案の定、幸せな家庭のほかに愛人がいるらしいということが判明する。それと同時に、ヒロイン自身が同棲しているボーイフレンドのことも疑わしくなってくる。物語が展開するにつれて「二重生活」の意味が錯綜してくるのだ。二〇一六年の門脇麦と長谷川博己主演による映画化も、原作に忠実な佳品だった。

 もちろん、二重生活というモチーフ自体は、現代日本におけるミステリの巨匠・松本清張の名作『ゼロの焦点』(一九五九年)以来、珍しくない。だが、二十世紀を迎えて、一体なぜ私が、改めてこのモチーフに惹かれたかといえば、自分の性差を偽りつつ執筆したフェミニスト SF作家ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアをめぐるジュリー・フィリップスの伝記(二〇〇六年)や、ベルギーにおける対独協力的ジャーナリズムの過去を隠匿しつつ北米へ移境してポスト構造主義批評を代表する学者批評家になったポール・ド・マンをめぐるイヴリン・バリッシュの伝記(二〇一四年)が、いずれも対象の二重生活に取り組んでいたからである。それらは必ずしもスキャンダルを暴くことを目的にした書物ではない。そうではなくて、そもそもものを書くという行為自体が「もう一つの世界」を構築する点において書き手に二重生活を強いていたのではないかということを実感させたものだ。

 今回、小池さんが深い情緒と細やかな筆致で藤田さんを悼んだ連載エッセイ「月夜の森の梟」全 50回が完結して思うのも、同じことである。双方がミステリアスかつサスペンスフルな恋愛小説を得意としつつも、文壇随一のおしどり夫婦であり続けたのは、現実世界における二重生活ではなく、現実と虚構を往還する二重生活について、深い相互了解が前提になっていたからではあるまいか。特に連載中に紹介されていた藤田さんの自伝的小説『愛さずにはいられない』(初版二〇〇三年)が、他ならぬ小池さん自身の解説を付して新潮文庫から刊行されたのを機に一読した時の感動は忘れられない。この小説は、藤田さんの母親との葛藤とともに生涯の恋人と定めた女性の妊娠中絶や警察も出動するほどの大喧嘩を含む劇的な人生を辿る。自身を振り返り「セックス依存症」「アダルト・チルドレン」と再定義し、「強烈に女に惹かれると同時に、どこかで女という生き物を信じないというアンビバレンツ」(『愛の領分』文春文庫版「あとがきに代えて」)の持ち主であった藤田さんは、並の女性であったら受け止めにくい存在だろう。だが、同書を締め括る小池さん自身の解説が明かすのは、夫が元恋人の墓参りに出向いても快く受け入れるほどに、藤田さんの強さも弱さもすべて包み込むように愛し抜いたということだ。

 もちろん、ジャンルもスタイルも通底するところを持った同世代のふたりは、ライバル同士だったかもしれない。その関係は絶えず緊張感を孕んでいたかもしれない。だが、不都合な真実を隠匿しがちな遺族公認の文豪伝とは異なり、「月夜の森の梟」では、いまなお彼女の内部で生き続け、幸福も不幸もまるごと共有してきた藤田宣永との激越な対話を堪能することができる。ふたりの卓越した作家夫妻が運命と定めた「二重生活」は、ここに「魂の共作」ともいえる文学作品として結実したのである。

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 小池真理子さんのエッセー「月夜の森の梟」は2020年6月から翌年6月末まで、朝日新聞土曜別刷り「be」に掲載された。2020年1月に死去した夫であり、作家の藤田宜永さんをしのぶとともに、哀しみを通して人間存在の本質を問う内容には大きな反響があった。便箋10枚、20枚といった手紙が届き、メールを含めれば千通を超すメッセージが寄せられていた。11月に連載をまとめた単行本『月夜の森の梟』(朝日新聞出版)が刊行されるのを前に、追悼を文学に高めたと評されたエッセーの一部を紹介するとともに、その魅力を探っていく。
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「月夜の森の梟」は朝日新聞デジタルでを読むことができます。