「壊れた魂」 [著]アキラ・ミズバヤシ

 水林章の第一作『幸福への意志』は、大学院で思想史を学び始めた私のバイブルだった。18世紀を前近代と近代の儚(はかな)い過渡期として読む同書には、全編にモーツァルトが響いていた。
 聴覚に訴えるのはこの最新作も同じ。ガリマール書店からフランス語で出版されて文学賞に輝いた小説を本人が翻訳した作品だ。
 物語の始まりは、1938年の東京。「非国民」という罵声が飛ぶ時代に、主人公の父は、中国人留学生たちと弦楽四重奏曲「ロザムンデ」を奏でる。苦労しながら演奏を仕上げる協働の営みは、シューベルトの音楽や、幼い主人公が傍らで夢中に読む『君たちはどう生きるか』の作品世界と共鳴する。ところがその協働の空間は、父のヴァイオリンもろとも、闖入(ちんにゅう)した軍靴に無残に踏みにじられる。
 フランス語の魂(アム)は、表板と裏板を橋渡しする弦楽器の魂柱も意味する。この小説は、踏みにじられた魂(アム)をめぐる喪と再生の物語だ。主人公は、フランスで弦楽器職人となり、父の楽器の再生に生涯を費やす。それが凍り付いた時間を溶かして、「死んだけれども生きている人」をケアする。
 テーマは古典的だ。物語を支える対構造は、軍国主義と市民社会の対比。力で服従を強いる社会と、個が協働する社会の対比だ。音楽は協働を象徴する。物語の要所に登場する『君たちはどう生きるか』は、吉野源三郎が37年に時流に抗(あらが)って「人間分子の関係、網目の法則」を論じた本だ。
 ここに戦後啓蒙(けいもう)の継承を見ることもできよう。だが西洋近代という理想を押しつけ、日本を一方的に断罪するのではない。主人公が楽器再生の次に取り組むのは、『君たちはどう生きるか』のフランス語訳だ。
 外国を引き合いに日本を難じると、昨今では「非国民」に代わって「出羽守(でわのかみ)」といって揶揄(やゆ)されるが、本書にこの批判はあたらない。反対にこの物語は、こうした内向きなスラングの野蛮さを浮き彫りにしている。
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Akira Mizubayashi 1951年生まれ。水林章名義での日本語の著書に『モーツァルト《フィガロの結婚》読解』など。