去る8月27日、ひさしぶりに上京した。

 思えば東京オリンピックを生で見て観戦記を書くというわくわくするような仕事も、苦労した連載の打ち上げも、ことごとくおじゃんになった夏であった。打ち上げのほうは開催の目処(めど)も立たず、観戦記にいたってはテレビ観戦でしのいだ。テレビを見て観戦記を書くなんてストリートビューを眺めながら旅行記を書くようなものだが、昨今の感染状況では如何(いかん)ともしがたい。私としては、不如意な日々を送っているのはおれひとりじゃないんだと自分を慰めるしかなかった。

 この時期にのこのこ東京くんだりまで出かけて行くのは、ガラガラ蛇だらけの洞窟に足を踏み入れるようなものだ。あのろくでもないデルタ株にどこで目をつけられるか知れたもんじゃない。しかし、今回ばかりは不義理できない。なんと言ってもこのたびの4人の受賞者のうち、ふたりまでもが個人的にお付き合いのある方たちなのだから。

第165回芥川賞・直木賞贈呈式。壇上左から李琴峰さん、澤田瞳子さん、佐藤究さん、スクリーンに映るのは石沢麻依さん=2021年8月27日、東京・帝国ホテル、佐々木亮撮影

 私が言っているのは、そう、第165回芥川賞・直木賞のことである。芥川賞は石沢麻依さんの『貝に続く場所にて』と李琴峰(りことみ)さんの『彼岸花が咲く島』、直木賞のほうは佐藤究(きわむ)さんの『テスカトリポカ』と澤田瞳子(とうこ)さんの『星落ちて、なお』が栄誉に輝いた。石沢さんはドイツ在住で、聞くところによると担当編集者ですらまだリアルでは会ったことがないという。佐藤さんは福岡出身で、先日、彼の出身校である福岡大大濠高校のまえをとおったらお祝いのでっかい垂れ幕が校舎にかかっていた。

 李さんは私と同じ台湾出身で、以前、東京大学で行われた台湾文学に関するイベントの折りに知り合った。そのとき李さんは『独り舞』という作品が群像新人文学賞優秀賞に選ばれてデビューしたばかりだったと記憶している。正直、台湾には日本語のうまい人がいくらでもいる。しかし、李さんの流暢(りゅうちょう)さはずば抜けていた。しかもしゃべるだけでなく、日本で作家としてやっていけるだけの文章力、表現力を備えている。こいつは有望株だぞ、と私はひそかに思った。いまのうちから仲良くしておけば、将来私の本を翻訳してもらえるかもしれない。実際、のちに彼女は私のエッセー集『越境(ユエジン)』の翻訳を手掛けてくれた。

李琴峰さんと東山彰良さん。芥川賞贈呈式を終えて記念撮影=2021年8月27日、東京・帝国ホテル、佐々木亮撮影

 澤田さんとは故葉室麟さんをつうじて知り合った。歴史時代小説の熱心な読者でもない私が、なぜだか葉室さんとは馬が合った。地元も同じで、よく立ち飲み屋でだらだら飲んだものである。感化されて、私も時代物を書いてみたことがある。その作品に新選組が登場するので、版元さんが京都で葉室さんとの対談を組んでくれたときに、澤田さんに引き合わせてもらった。

 初対面の澤田さんは腹の読めない京都人そのものに見えたのだけれど、それも最初のうちだけだった。その夜、私たちは下世話な話でおおいに盛り上がり、腹の皮がよじれるほど笑った。澤田さんは「ぶぶ漬けでも食べていきなはれ」的な京都人ではなかった。ぜんぜんちがった。ぶっちゃけ、私は澤田さんとなら忌憚(きたん)なく原稿料の話ができる。

 葉室さんは酔えば「澤田さんは大丈夫、直木賞は時間の問題だ」と口癖のようにおっしゃっていたので、候補に挙がっては選に漏れる日々が続いても私はまったく心配していなかった。7月中旬に行われた直木賞の選考会も、私は有志たちとともに葉室さんの行きつけだった立ち飲み屋で選考結果を待っていた。受賞の一報がもたらされたときは、店が吹き飛ぶほどの勝利の雄叫(おたけ)びがあがった。

直木賞贈呈式を終え、ほっとひと息ついた澤田瞳子さんと東山彰良さん=2021年8月27日、東京・帝国ホテル、佐々木亮撮影

 さて、帝国ホテルにて午後四時にはじまった贈呈式は感染予防の観点から、いわゆるスクールスタイルというかたちがとられた。学校の教室を想像してもらえればいい。演壇に向かって、我々参加者はひとりひとり長テーブルについて式次第を見守った。選考委員の挨拶(あいさつ)(芥川賞は吉田修一氏、直木賞は北方謙三氏)があり、受賞者たちのスピーチがあった。

 みなさん興味深いお話をされていたが、私は李さんのスピーチが意外にもドラマチックで印象深かった。若い人の言葉だと「エモい」とでも言うのかもしれない。若さゆえに尖(とが)っていて、自分が摑(つか)み取った世界を守りぬこうとするジョニー・キャッシュのような悲壮感が感じられた。彼女はマイノリティーとしての自身のアイデンティティーや、書くことによって救われた経験について語ったが、スピーチの内容以上にその姿勢に共感を覚えた。世界を敵に回す覚悟のある若い作家を、私は好きにならずにいられない。

 コロナ前であれば、贈呈式のあとは朝まで飲めや歌えやのドンチャン騒ぎと相成るのだが、いまはそうもいかない。私は朝井まかてさんや西條奈加さんらとともに優雅にお茶を飲みつつ、帝国ホテルの上にあるラウンジで澤田さんを迎えた。贈呈式の演壇には飛沫(ひまつ)防止のアクリル板が張り巡らされていたのだが、澤田さん曰(いわ)く、スピーチのときにそのアクリル板に自分の顔が映りこんで気が気じゃなかったそうだ。澤田さんがスピーチで語ったのは……ようするに文学への信頼と決意である。

 文学への信頼と書き続けることへの決意。けっきょく作家にできることはそれだけなのだ。私たちは物語の持つ救済力を信じている。すべての人に届く物語というものが存在しない以上、私たちは私たちの信じる救済を書き続けるしかない。作家によってその救済とは諦めであったり、越境であったり、歴史にうずもれた叡智(えいち)であったりする。私の書くものではあなたを救えないかもしれないけど、作家は星の数ほどいる。諦めずに求め続ければ、いつかは自分だけの一文に出会える。まずは求めよ。話はそれからだ。=朝日新聞2021年9月18日掲載