お話を聞いた人松本聰美(まつもと・さとみ)児童文学・絵本作家

兵庫県生まれ。同志社女子大学家政学部卒業。児童書・絵本を多数手がける。主な作品に『声の出ないぼくとマリさんの一週間』(汐文社)、『ごいっしょさん』(‎ 国土社)、『わたしは だあれ?』『パンダのあかちゃん おっとっと』(いずれもKADOKAWA)など。日本児童文学者協会会員。

創作意欲湧いた「一枚の絵」

――あひるちゃんが休んでいると、後ろから誰かがそっと忍び寄って目隠し。「だあれ? だあれ? わたしはだあれ?」ページをめくるとそこにいたのは……「あったり〜!」。リズミカルな文章と次々に現れる動物たちを「当てっこ」するのが楽しい『わたしは だあれ?』(KADOKAWA)。2017年に出版されてから、版を重ね続けるベストセラー絵本だ。文を手がけた作家の松本聰美さんは、「渡邊智子さんが描いた一枚の絵が、本書をつくるきっかけだった」と振り返る。

『わたしは だあれ?』(KADOKAWA)より

 『わたしは だあれ?』で絵を描いてくださったのは画家の渡邊智子さん。私が文を担当し、編集者で「赤ちゃん絵本研究会」代表の後路好章さんが構成しました。実は、この3人でタッグを組むのはこの絵本で2度目。2014年に出版した児童書『声の出ないぼくとマリさんの1週間』(汐文社)でも、制作を共にしたチームだったんです。

 あるとき、後路さんと渡邊さんの個展を見に行く機会があったのですが、ギャラリーでふと目に留まったのがアヒル、ウサギ、オオカミ、クマがお互いを目隠ししながら一列に並んでいるという絵。何点もの作品のなかで、なぜか心惹かれるものがあり、絵の前をいったん離れてはまた戻ってじっと見る……という行動を繰り返していました。「これに文をつけてみたいなあ」と思っていたら、偶然にも後路さんから「この絵をモチーフに、絵本をつくってみない?」とお声がけいただいて。うれしくて「ハイ!やります!」と即答しました(笑)。

『わたしは だあれ?』のアイデアの元となった、渡邊智子さんの一枚の絵

 そこからはたびたび、3人で集まって「作戦会議」。私が文を書き、それに合わせて渡邊さんが絵を付け、後路さんがアドバイスをする……という体制で何度も相談しながら作り上げていきました。ある程度まで出来上がったところで、KADOKAWAの編集さんに見ていただいて、1、2歳向けの絵本として出版していただくことになりました。

「読み聞かせ」して改良重ねる

——最終版に至るまで、10パターン以上もダミー絵本の試作を重ねたという本書。保育園や読み聞かせの会などで試作版を実際に読んでもらい、子どもたちや読み手の声を取り入れながら、ブラッシュアップしていったという。

  第1稿では原画と同じく、アヒル、ウサギ、オオカミ、クマでお話をつくっていたのですが、「オオカミに怖いイメージがある」「クマの爪が鋭すぎるかも」とアドバイスをもらって、子どもたちにも人気の高いパンダとゾウに変更しました。「さて、ゾウさんに目隠しする大きな動物は何にするかな……」と思案したときに、思い浮かんだのが恐竜。ゾウさんが「目隠ししてくれる誰かがいなくてつまんないな」と寂しがっていると、「ばわわん べりりん ばおばばん」と地面を突き破って登場します。このシーンには、「あなたのことを見守ってくれる誰かは、見えなくても必ずいるよ」というメッセージもひそかに込めたつもりです。

 絵についても渡邊さんや後路さんと相談しながら、より優しい色遣いと柔らかいタッチのものにしていきました。保育園で試作版を読み聞かせしたとき、女の子が近づいてきて「きょうりゅう、こわくなかったよ」と言ってくれたことがあったんです。そのとき初めて「恐竜が怖い子もいるんだな」と気づいて。そうした声も取り入れながら、ふさふさしたまつ毛がかわいい、ピンク色の優しい恐竜が完成しました。

『わたしは だあれ?』(KADOKAWA)より

 読み手となる大人もストレスなく読めるようにと、文字の大きさやレイアウトも途中で変更しました。「どのように読んだらいいか分からない」という感想を受けて、声をひそめてほしい部分の文字は小さく、大きな声で読んでほしいところは大きな文字で、間をあけたほうが盛り上がるところは「………………」で表し、「あったり〜!」は右肩上がりに配置する……など、細かく工夫を凝らしています。

子どもと楽しい時間の共有を

——「赤ちゃん絵本の魅力は、読み手と聞き手が共に笑顔になれる時間が持てること」と語る松本さん。子どもたちの素直な反応を肌で感じながら、大人も一緒に楽しんでほしいと語る。

 「だれかな。だれかな……」と読み手に問いかけられるワクワク感、「パンダさん!」と答えたあとに「あったり〜!」と肯定されるうれしさ。読み手と聞き手がコミュニケーションしながら、読み進められるのがこの絵本の楽しいところです。読み手は「ホントかな? ホントにパンダさんかな……?」などアドリブを入れてみたり、ページをめくるときは少し「間」をあけて焦らしてみたりすると、「あったり〜!」のページで、より大きく「答えが当たった喜び」が弾けると思います。

『わたしは だあれ?』(KADOKAWA)より

 何度読んでも飽きない、読み方次第でいろんなアレンジができるのが赤ちゃん絵本の醍醐味。1冊を読むのに必要なのはほんの少しの時間ですが、大人にとっても心をゆったりと解放できる貴重な時間だと思います。小さなころに大好きな絵本を何度も繰り返し読んでもらった経験は、成長したあとも心の奥底にずっと残ってその子の土台となっていく——それが赤ちゃん絵本の持つ力ではないかと信じています。