夏川草介『臨床の砦』

 今春から朝の情報番組のMCを担当している谷原店長が、一日も欠かさずに伝えてきた「新型コロナ」。医療現場で起こっている、まさに「修羅場」の状況が、まざまざと伝わる本に向き合いました。著者は、長野県で消化器内科医として働く、作家の夏川草介さん。コロナが生んだあらゆる分断に、どう向き合い、いかに心を整えていけば良いのか。谷原店長は考え続けていました。

 追い込まれて余裕を失うと、ネガティブな感情が沸き起こり、爆発させてしまいがちです。でも、苦しい立場にいる人に思いを馳せ、負の感情に巻き込まれないようにすることが、きわめて大切だと僕は思います。たとえば、失言をした人を批判するにしても、一過性のヒステリックな世論に乗っかる方法を、僕は選びたくありません。騒ぎ立てたところで状況が改善するわけでもありませんから。

 「コロナは、肺を壊すだけではなくて、心も壊すのでしょう」

 作中で、ある医師のつぶやいた言葉が胸に突き刺さります。コロナと聞いただけで、誰もが心の落ち着きをなくし、軽薄な言動で人を傷つけるようになってしまう。緊急事態宣言の発出中に、街を出歩く人に対して怒ったって、その人の事情など、誰にもわからないじゃないですか。心がネガティブな時は、どうしても否定的に判断してしまう。僕たちの最大の敵は、もはやウイルスではなく、他人への想像力の欠如や無視、無理解なのかも知れません。

幸村誠『プラネテス』

 コロナの混沌が寛解しないまま明けた、2021年1月。谷原店長は、近未来を舞台に、宇宙ごみの回収業者として働く主人公の成長を描いたSF漫画を紹介しました。ひととひとのつながり、そして「愛」がいかに大切か、改めて考えさせられたという谷原店長。「ステイホーム」「三密回避」といった言葉が渦巻き、エンタメが「不要不急」などと言われた時期を経て、ご自身の仕事や人生について見つめ直す機会となったそうです。

 2070年になっても、地上の貧困・紛争問題は未解決で、宇宙開発の恩恵は先進国が独り占めしています。貧困や思想的な衝突から生じるテロリズムもしっかり描かれており、「今と何ら変わりないじゃないか」との諦念さえ抱きそうになりますが、それでも「愛があれば乗り越えられる」という強いメッセージが伝わってきます。とにかく最終章、ハチマキが放つ言葉こそが、この物語のすべて。言葉にこもった思いを、今こそ、皆さんと共有したい。

(中略)

 ひとは、繋がらないと生きていけません。昨年末から年始にかけて舞台(『チョコレートドーナツ』)に立った際には、初日から観客の皆さんにスタンディングオベーションをいただき、舞台の僕たちは深い感動をいただきました。観客を楽しませるつもりが、僕らが生かされていた。そう痛感しました。映画、音楽ライブ、そして飲食店……。ひととひとの気持ちが呼応し合い繋がるのがエンターテインメント。エンタメこそが心の栄養を与えてくれると信じています。

 「独りでじっと家に閉じこもっているだけでは、僕らは生きていけない」。今、僕はそう強く確信しています。

大山淳子『あずかりやさん』

 谷原店長が、いつもよりも心なしか内省的に思いを綴った回がこちら。「1日100円で何でも預かります」。そんな不思議な商店「あずかりや」が、ひなびた商店街の一角にあります。目の見えない店主が営むお店で育まれる、お客さんと店主の交流を描いたストーリー。切ない物語がいくつも連なるなかで、谷原店長は、他人への向き合い方、接し方について思いを記しています。

  何かの感覚を一つ失うことで、むしろそれで見えてくるもの、聞こえてくる音がある。そんな事もあるのではないでしょうか。衣服のかすれる音。ほのかに香るラーメン屋のスープのにおい。そこから想像力を研ぎ澄まし、推理を働かせていく。店主の佇まいは、まるで最初からすべてわかっているようで、諦念というより達観している。

 何かを失った時に、優しくなれる人と、なれない人がいるのはなぜでしょうか。いつまでも自分に固執し、「失った」ものへの執着から離れられない人が、この世界にはたくさんいる。「あずかりや」の店主は、視力を失ったことで、ひとの痛みがわかる人になっています。はたして僕には、どれだけ他人の痛みを自分のものとして、想像力を働かせることができるのか。自問は尽きません。

早見和真『あの夏の正解』

 本来なら世界からお客さんが押し寄せ、大賑わいだったはずの東京五輪・パラリンピック。無観客開催が報じられ、誰もがどんな気持ちでいればいいか考えあぐねていた頃、谷原店長が出合った一冊です。コロナ禍で甲子園を目指せなかった高校球児、監督らに密着取材したルポルタージュ。谷原店長は、気持ちを整えるうえでシンクロする「何か」が描かれている気がしたそうです。子どもたちを導く大人としての責任とは――。この回では、筆致がひときわ熱くなりました。

 監督という存在は、生徒たちが一丸となって迷わず、突っ走るための環境を整えるためにあると思います。進むメンバーを選ぶこと自体を、すべて生徒に丸投げしてしまうのは、監督としての役割を放棄しているように思えました。

 もっとも、誰も経験したことのない、この事態を前にして、教師が迷うのは無理もありませんよね。誰も責められない。ただ、僕自身が痛感したのは、先生とは「偉い、偉くない」以前に「先に生きている人」であるということ。先に生きる人間として、かぶらないといけない泥、つらい選択がある。大人はそれを担う存在でなければならない。それ以前に、いったいこの1年半、どれだけの苦難を子どもたちに強いてきたでしょうか。

池波正太郎『雲霧仁左衛門』

 くよくよ考えても、しかたない! あわただしい日常の暮らしから、強制的に「ログアウト」し、物語の世界に没頭してしまえるのが、時代小説の最大の魅力です。「時代小説大好き人間」の谷原店長が、「久しぶりに、じっくり読んでみたくなった」という、池波文学の超大作をご紹介。歌舞伎や講談でおなじみの、盗賊たちの痛快な物語です。

  それにしても、読み進めていて強く感じるのは、「江戸の街は圧倒的に今よりも暗い」ということです。夜の闇がめっぽう深いのです。そうすると、人々は、五感を今よりも遥かに働かせて生きていかなければならない。風や、温度、川の流れ、季節の移ろい。五感をフル活用させていくぶん、さまざまなデバイスで補完されている僕たちよりも、能力がよっぽど高いように思います。

 現代を生きていると、途方もない疲れや、目を背けたいような問題がどうしても生じてきます。そんな日常から自分を切り離し、癒されたい時は、ぜひ手に取ってみてください。タイムスリップ、というワンクッションを挟むことで、無限のファンタジーが広がっています。

(構成・加賀直樹)