お話を聞いた⼈綾崎隼(あやさき・しゅん)

小説家。2009年に『夏恋時雨』で第16回電撃小説大賞選考委員奨励賞を受賞。恋愛小説にミステリーの要素を盛り込んだ作風で知られる。けんごさんに絶賛された『死にたがりの君に贈る物語』が話題沸騰中。

けんご

TikTokで小説を紹介する動画を始めたところ、発売から3年経った小説が2.5万部増刷され、出版業界から注目される。筒井康隆が1989年に上梓した『残像に口紅を』も、彼の紹介で再評価されている。

読書感想文が読みたい

――綾崎さんは、TikTokで小説を紹介している人がいることは知っていましたか?

綾崎:そうですね。なるべく若い人のカルチャーに触れていこうと思っているので、勉強のためにInstagramを始めてみたり、noteに文章を書いてみたりはしていたんですけど、TikTokは全く分かっていなくて。ただ最近、本の帯に「TikTokで紹介!」と書かれているのはよく見ていたので、新しい切り口で広がっていることに驚いていました。

『死にたがりの君に贈る物語』も、発売前に出版社の方から「TikTokerの方にもお送りしてみようと思います」とは聞いていて。後日けんごさんの小説紹介を拝見してびっくりしましたし、嬉しかったです。

けんご:綾崎さんの作品を読んだのは『死にたがりの君に贈る物語』が初めてですけど、とにかく面白かったです。作品紹介の動画でも言ってるんですけど、悩んでいる人を救える物語だなって思いました。それから遡って、綾崎さんのデビュー作『蒼空時雨』なども読ませ頂いて。『死にたがりの君に贈る物語』に限らず、綾崎さんの文章はどれも好きだと分かりました。

綾崎:ありがとうございます。

――『死にたがりの君に贈る物語』は『Swallowtail Waltz』という小説が爆発的に売れた覆面作家、ミマサカリオリが主人公です。ファンが集うサイトに別名でこっそり参加し、出版社から転送されてくるファンレターを待ち望んでいる。読者の反応にとにかく鋭敏ですね。綾崎さんもエゴサーチはしますか?

綾崎:めちゃくちゃします。そして傷つく(笑)。最近は、もっと深い部分まで感想を読みたいなと思うことが多いです。ブログ全盛の頃って、かなり長い感想を書いてアップしている人たちがいたじゃないですか。今ってSNSにちょろっと感想をツイートして終わりっていう場合が多いから、ちょっと寂しくて。ツイッターのDMを開放しているので、直接感想を送ってくださっても良いんですけどね。

あと、僕は学生さんの読書感想文が読みたい。読書感想文って、学校の先生に読んでもらって終わる場合がほとんどでしょうけど、あれを読みたいのは、まさに僕たち作家だったり編集者じゃないですか。目的が違うのも分かりますが、本気で読みたいと思っている人も存在するのに、そこには届いていないのが切ないです。

――『死にたがりの君に贈る物語』の主人公のミマサカリオリの性格やメンタリティはご自身と重なるところはありますか?

綾崎:具体的に言うと、356ページの最初の2行。

誰かに小説を読んでもらう時は、凶器の前に裸で立っているみたいな気分だ。この恐怖に慣れる日など、絶対に来ない。

僕も小説を書き始めた時からまさにこういう心境で。だから、新人賞に応募する時も、心臓が潰れるんじゃないかって思いながら投函しました。担当の編集者さんにプロットを送る時もそう。初稿を送る時なんて怖くて怖くて仕方がないので、「面白かったら褒めて頂けると嬉しいです」ということを、この場を借りてお伝えします。デビュー当時の担当の方に「面白かったですか?」っておそるおそる聞いたら「面白いと思っていなければ、絶対に発売しないから。発売する時点で超面白いって思ってるから。あんまり言わないけど、安心して良いよ」と言われて(笑)。

――『死にたがりの君に贈る物語』では、ミマサカリオリが自分の原稿を直すことを、編集者に一切許しませんよね。実家の2階の部屋にいて、決して出てこない。世間から隔絶されています。そこはご自分とは違いますね。

綾崎:真逆ですね。編集者さんのアドバイスはとても大切にしています。原稿を直すのも直されるのも好きなんです。だから、初稿を渡してアドバイスを頂いたところで、「やっと楽しい小説執筆の時間だ!」という感覚なんです。小説をより良いものに直していく時間が大好きというか。

今回は、小説内小説の『Swallowtail Waltz』についての言及をもう少し増やしましょうと言われて、そうしましたね。あと、作中作の登場人物の輪郭を際立たせたほうが良いかもしれないと言われて、そこの分量を増やしました。『Swallowtail Waltz』を読みたかったっていう感想もいっぱい頂くんです。小説内小説の内容を、読者が想像するようになっているので。「すごく面白そう。読みたかったです」という声もたくさんありました。

脚本を作ってから動画を撮影

――物語の冒頭でいきなり、ミマサカリオリが亡くなったことがネットで発表され、熱狂的なファンの純恋(すみれ)は後追い自殺を試みる。彼女は物語の続きが読めないなら、生きている意味がないと嘆きます。その後、コアなミマサカのファン7名が廃校で共同生活を送りながら、『Swallowtail Waltz』のストーリーを再現しようとするのだが……ってあらすじをまとめるのは難しいですね。先にけんごさんのを見た方がいい(笑)。あの動画、非常に要を得ていると思います。

けんご:ありがとうございます。あの動画は、しゃべることは一言一句書きおろしているんです。脚本を作ってから動画を撮影して、編集して、投稿するという流れですね。ひとつの撮影のために5分間くらいカメラをまわしっぱなしで、文章を一区切りしながらしゃべっていく。それでいらない部分をカットするという作り方です。

――小説紹介は、例えばYouTubeでやろうとしたことはなかったんですか?

けんご:そこは最初、悩みましたね。ただ、多くの人に作品を届けるという意味では、YouTubeの何百倍も、いや何千倍もTikTokが上回っていると思います。YouTubeって、サムネイルとタイトルがあって、動画をクリックしてスタートするじゃないですか。それって裏を返せば、その動画や小説にそもそも興味がある人しか見ないんですよね。かたやTikTokは、おすすめ機能で勝手に動画が流れてくるので、小説が嫌いだろうが、興味がなかろうが、動画は届く。まったく小説を知らない人に届けるという意味では、圧倒的にTikTokが有利だと思います。

綾崎:僕はどうしてもTwitterを覗くことが多いので、そこで得る情報が世界の全てみたいに錯覚しちゃいがちで。Twitterってリツイート機能があるから、拡散されてゆくプロセスも分かるんです。でも、TikTokはけんごさんの言葉通り、自分が受けとめようと思っていない情報も入ってくる。だから、まったく知らなかった層に届くんだなと納得しました。

けんご:Twitterももちろん良いとは思ってるんですけど、紹介をする上でなるべく柔らかい感触のものを届けたいと思っていて。そうすると、動画や画像が入ってくるほうが絶対いい。とにかく、「小説=難しい」っていう先入観をなくしてもらいたかった、というか、僕自身も以前そういう先入観を持っていたので。

『白夜行』で小説にハマる

――けんごさんは小さな頃から本を読んでいましたか?

けんご:実は僕、本を読みだしたのが大学1年生の時なんです。大学に入って、高校の時よりは時間ができたから、時間をかけて取り組む趣味がないかなって思って。それも、自分が自信を持って言える趣味を作りたいなと思って、色んなことに挑戦してみたんですよ。釣りだったり、映画だったり。でも、いかんせんお金がないなと思っていて。そんな時に小説がいいなって気づいたんです。分厚い本なら時間を潰せそうだなと思って、そこからどっぷりハマった。最初に読んだ作品が東野圭吾さんの『白夜行』だったんですけど、それが大きかったです。

綾崎:『白夜行』、最高ですよね。僕は東野圭吾さんの小説は20冊くらいしか読んでいないので、分母は小さいんですけど、『白夜行』が特に好きです。でも最初に『白夜行』を読んじゃうと、かなり面白さのハードルが上がりませんか?

けんご:そうですね。僕は「小説ってこんなに面白いのか!」って思った初めての作品だったし、内容も構成も特殊だから、自分にとっては特別な本ですね。

綾崎:15年くらい前かな。弟に、「最近小説を読みたいと思ってるんだけど、何か面白い本ない?」と言われた時に、『白夜行』を薦めた覚えがあります。『白夜行』は、主人公の2人が一体何を思っていたかが明かされないまま物語が進んでいくから、全部読む側が想像するしかないんです。でも、想像していけばいくほど、2人の中にあっただろう感情がどんなものか、想像を掻き立てられる。「ここはこう思ったんじゃないかなあ」っていう想像を巡らせながら読んでいきました。ドラマは構成の仕方がある意味逆だから、小説とは違う楽しみ方出来て、それも楽しかったです。

重版で反響を実感

――けんごさんは、自分が紹介したことでその本が広まったという実感はどういう時にありますか?

けんご:ひとつは、やっぱり重版ですね。動画投稿を始めて1本目から反応があって、4本目の動画を出した後に、紹介していた本に重版がかかったという報告を聞いて、自分でもびっくりしました。重版の報告を頂くと、ああ、ちゃんと見られているんだなって実感します。「面白そう」で終わるんじゃなく、実際に購買に繋がっているという実感が持てる。そのおかげで、こうして出版社さんや小説家さんと密にお話させて頂けることも嬉しくて。

――出版社からアプローチがあることも多いのでは?

けんご:献本して頂くこともあるんですけど、僕は面白いと思った作品以外は紹介しないことにしています。あと、プロモーションすることを前提とした献本は、全部断ってますね。

――ちなみに、けんごさんは漫画の紹介ってされてないですよね? それは何故?

けんご:シンプルに僕が小説好きで、小説を広めたい、多くの人に手にとってほしいという気持があるからです。あと、僕が読んで面白かったのに、広まっていない作品があるのが惜しいから。こんなに面白い作品を僕が満足するだけで終わらせたくない、という気持ちが強いですね。

――使命感に近いものがあるのでしょうか。これもっと読まれてほしいのに、過小評価されてるなとか。

けんご:本当にその通りです。たとえば100万部、200万部売れてる作品がすごいことだというのは理解してるんですけど、逆にこんなすごい作品がたった200万部しか売れてないのかって思うこともあって。

綿矢りささんで脳をアップデート

――お二人とも純文学よりはエンタメ系のライト文芸を読むことが多いですか? 芥川賞の候補になる純文学よりは直木賞を獲るような作品というか。

綾崎:僕は圧倒的にそうですね。

けんご:僕もそうですね。かと言って純文学を好まないかと言われたら、そんなことはなくて。たとえば芥川賞作家の綿矢りささんとかすごく好きですし。

綾崎:綿矢さん、僕も大好きです。

けんご:あ、本当ですか!?

――あ、僕もいちばん好きな作家です(笑)。

綾崎:綿矢さんの文章が大好きで。技術的な効果を考えて、一人称で書くことが多いんですが、女性を主人公に設定した時は、執筆中の脳を女性っぽくしたいので。綿矢さんの新刊を1冊読んで、脳をアップデートして、「よーし!」って言って書き始めたりすることがあります。

――綿矢さんの新刊小説『オーラの発表会』は読まれましたか?

けんご:拝読しました。あの小説は主人公にまったく共感できないところが逆に面白くて。感情がまったくないんじゃないの?っていうくらい主人公の心が見えないじゃないですか。でも、だからこそ、主人公が次はどういう行動をとるかがすごく気になって。ページをめくる手がまったく止められなかったです。僕、年末に「けんご大賞」という文学賞を企画しているんですが、そのノミネート作品にも『オーラの発表会』が入っています。それくらい良かったですね。

――小説を書こうと思ったことはないんですか?

けんご:実は書いています。現在進行形で。来年の3月の半ばくらいに出版予定なんですけど。出版社名とかはまだ控えていますが、徐々に公開していく予定です。

――綾崎さんはこれから先どういうモチーフとかテーマで書いてみたいとか、何か構想はありますか?

綾崎:書きたいと思っているテーマがいくつかあって、そのうちのひとつを編集者さんと組んで進めています。多分それが次に発表される作品なんですが、新生児の取り違えを描くことになると思います。5、6年ずっとやりたいと思っていたテーマで。かなり良いプロットができた気がするので、あとはしっかり書き切れたら良いなと思ってます。

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