お話を聞いた⼈河邉徹(かわべ・とおる)

1988年、兵庫生まれ。スリーピースバンドWEAVERとして、2009年にメジャーデビュー。担当はドラム。18年、『夢工場ラムレス』(KADOKAWA)で小説家デビューを果たす。ほかの著書に『流星コーリング』(同、第10回広島本大賞受賞)、『アルヒのシンギュラリティ』(クラーケンラボ)、『僕らは風に吹かれて』(ステキブックス)。最新作は『蛍と⽉の真ん中で』(ポプラ社)。

辰野の人や景色を物語に

――写真を学ぶ大学生が、息苦しい東京での学生生活を抜け出して自然豊かな長野県辰野町を訪れ、自分を見つめ直していく青春小説です。

 物語の構想は2019年からあたためていました。その年に発表した『流星コーリング』という小説で、流星というロマンチックなものをテーマにしたので、次に書くものもそれに匹敵するような、ロマンチックなモチーフがいいなと思っていました。その中で思い浮かんだのが、ホタルだったんです。「ホタルが見られる町があるのかな」と思ってスマホで検索したら、長野県の辰野町が出てきて、ちょうど「ほたる祭り」が行われていた期間だったんですね。これに僕は運命を感じて、次の日には電車に乗って辰野に行ってみました。

 本当に主人公の匠海くんと同じで、「ゆいまーる」というゲストハウスに行って、そこで「この町のことをもっと知りたいです」って言ったら、いろんな人を紹介していただいて。実際に物語に出てくる「きよちゃん」のモデルとなった甘酒屋さんの女の子とか、なにかと匠海くんの世話をしてくれる「金井さん」とか、いろんな人と会って話をしていくうちにできた作品です。

「あら金井くん。どしたの?」
「東京から大学生が来てるから、甘酒飲ませてもらえへんかなって」
「すごい、なんか珍しいね。いいよ、ちょうど今新しい味を開発してたところ」
 僕の方を見て目が合うと、彼女は押しつけがましくない程度の笑顔をくれた。僕も精一杯のぎこちない笑顔で返す。多分、彼女は友達の多いタイプだ。
『蛍と月の真ん中で』より抜粋

――きよちゃんも金井さんも、「ゆいまーる」の女主人・佳恵さんも、飼っている茶トラの猫まで、実在しているんですよね。

 物語の体験として、読むだけじゃなくて、辰野に行ったらそういう人たちに会って、話ができるって楽しいな、って書いていて思いました。おもしろかったと思ってもらえたら読者のみなさんにもぜひ訪れてほしいですし、きっと辰野の方々も喜んでくれると思います。

辰野のホタルと月(撮影:河邉徹)

結果を出した人が勝ち?

――さまざまな出会いや経験を経て、主人公は人と比較しない生き方や将来への道筋を見つけていきますが、河邉さんにも、変化はありましたか?

 僕も大学生の頃に上京してからずっと東京で暮らしていて、WEAVERというバンドで音楽業界にいることもあって、がんばった過程というよりも結果を出した人が勝ちみたいな、そういう価値観が当たり前の世界で生きてきました。そんな中で、辰野で育った人や移住してきた人と話しているうちに、自分の価値観が本当に正しかったのだろうか、東京で自分が得たもの、当たり前だと思っていたことが果たして人の幸せに繋がるものなんだろうか、っていうことを改めて考える機会になりました。

辰野にて(撮影:河邉徹)

――そうした自身への問いの答えは見つけたのですか。

 僕は必ずしも東京がダメで、辰野のような落ち着いた町がより多くの人に合っているという風には思っていないんです。でも「選択肢を知らなきゃダメだな」とは思ったんですよ。自分が音楽の世界でメジャーデビューしていく中で、自分のいる場所だけがすべてで、そこで結果を出すことが正解であって、都会じゃない場所で暮らしていることがかっこ悪いとか、そういう気持ちがもしかしたらどこかにあったのかもしれない。でも辰野で暮らしている人たちが生き生きとしているのを見て、もし「東京じゃないな」って思ったら、自分に合うところを選んで暮らせるんだっていう選択肢を知ることができたと思います。自分の得たその感覚は、ある程度物語にも落とし込むことができたと思います。

大城山からの景色(撮影:河邉徹)

SNSの数字が如実に見える時代に

――東京で悩み苦しんで、地方の小さな町で心を癒やすエピソードは、前作『僕らは風に吹かれて』(ステキブックス)でも書かれていますね。メジャーデビューを目前にしたイケイケのバンドのメンバーが、ある出来事をきっかけに自分と向き合うことを余儀なくされる物語です。

 実は、順番的には『蛍と月の真ん中で』が先にできあがっていたんです。でもなかなか僕の中でおもしろいと感じられなくて、ほぼ完成はしていたけれど止まっていた期間があったんです。そのうちにコロナ禍になって、バンド活動が何もできなくなってしまって。毎日起きて、空の色が変わっていくのを見て1日が終わっていって、「僕は何のために生きているんだろう」とやりがいを失ったところがあったんです。その時に、「今だから書けることがあるんじゃないかな」と思って、『僕らは風に吹かれて』を書き始めました。辰野での経験をより踏み込んで書いたのは『蛍と月の真ん中で』ですが、その経験は根強く僕の中にあったので、『僕らは風に吹かれて』でも自然と出てきましたね。

「私はさ、別に都会の暮らしを否定はしないよ。田舎の暮らしが人間本来の生き方だとか、そんな傲慢なことは言わない。でも、人には合う合わないがあるんだよ。だから、選択肢くらい知りたいよね」
 美里さんは、僕に生き方の選択肢を与えてくれたのだった。『僕らは風に吹かれて』より抜粋

――どちらの小説も、何者かになろうとする若者がもがく姿を描いていますが、『僕らは風に吹かれて』は音楽がテーマなだけに、より河邉さん自身が投影されているように感じます。

 確かにこの二つの作品は、自分自身を投影しているなっていう感じがすごくあります。僕はバンドとしてメジャーデビューはしているけれど、やっぱり周りの人たちと数字の面で比較をされる職業ではあるので、自分の中では順調だという風には全然思えなくて。例えばSNSの数字だとか、それがどれくらい共有されているのだとか、そういうことが如実に見えてしまう時代。僕の学生時代には今ほどにSNSが普及していなかったので、そこに自分が対応できていない感覚とか、社会とのズレみたいなものをずっと感じていて、それが自然と作品で形になったと思います。

小説を書くことは喜び

――河邉さんは2018年に『夢工場ラムレス』で小説家デビューされていますが、むしろデビュー作のテーマが音楽じゃなかったのが意外でした。

 たぶん僕が書くものとして一番興味を持ってもらえるものは、音楽のことを交えた話なんだろうな、とは思っていました。でもそれを最初に出してしまうと、それを超える作品を書く意味が自分の中でなくなってしまうんじゃないかな、っていうのがあったので、音楽の話を書くことには慎重だったんですね。自分の中でモチベーションをもって小説を書き続けるには、音楽からは独立したところでちゃんとおもしろいと思ってもらえる作品を作りたかったんです。

――バンドではずっと作詞を担当されていますが、作詞と小説では感覚が違いますか?

 初めて小説を書いたときは、作詞とはまた違う喜びがありましたね。作詞は制限された文字数の中で、いかに引き算をして、自分の伝えたいことを残していくかっていう作業なんですけれども、小説に関してはいくら足し算をしていっても誰かに怒られることもない。もちろん、最終的には引き算が必要になってくるのは同じなんですけど、書きたいこと、自分がおもしろいなって思ったことをいくらでも広げていくことができるのが、とにかく楽しかったです。

 でも、最初は書き方も分からないですし、時間はかかりました。改めて自分の好きだった小説を読み返して、会話は「『○○』と言った」という書き方だけじゃなくていろんな方法があるんだなとか、自分はこうしようとか考えながら書いていきました。

――どんな小説から影響を受けていますか?

 最初は学生の頃から本当に大好きだった中村航先生の『100回泣くこと』とか『僕の好きな人が、よく眠れますように』を読み返しました。今回だと小野寺史宜さんの文体が僕はすごく好きだったので、『ひと』などを何度も読んで、「こういう空気感みたいなものを自分の中にうまく落とし込めないだろうか」みたいなことを考えたり。村上春樹さんも、小説を書くようになってからすごく好きになりました。今までも読んではいたんですけれど、自分で書くようになってから本当のすごさみたいなことに気づけた。「不自然」なんですけど、読んでて不自然って思わないんですよ。それが不思議なんですよね。『ノルウェイの森』はいまだに何度も読んでしまいます。

――2作目の『流星コーリング』で広島本大賞を受賞されましたが、執筆の励みになったのではないですか。

 自分が賞なんてものをもらえると思ってなかったですし、すごく励みになりましたね。それでちゃんと小説家になれたというか。やっぱり小説家の方は賞でデビューする方が多いと思うので、自分はある種ズルをしているかのような気持ちがあったんですけれども、賞をいただいてちゃんと認めていただけたような気持ちになりました。

――音楽や小説に加え、『蛍と月の真ん中で』のテーマの一つにもなっている写真も得意とのことで、表現の場が広がっていますね。

 表現できるツールが複数あることで、一つに押し付けなくて済むところはあるんですよね。もし僕が辰野で見た景色を音楽だけにしようと思ったら、すごく説明っぽい歌詞になったかもしれない。それを小説でアウトプットしたことで、そこから「光と呼ぶもの」という曲の歌詞が生まれた。もっと景色や体験だけを人に届けたいなら、写真を撮ることにはほかにない力があります。そうした複数のツールがあることで、「この感情はこれに乗せたらいい」みたいに選ぶことができるようになったと思います。いろんなものを複合させて、自分のクリエティブを続けていくことができたらと思っています。