「中国料理の世界史」 [編]岩間一弘

 食は、ちょうど言語や衣服のように、属している社会への愛着を深く感じさせる代表的な文化である。だからナショナリズムとも結びつきやすい。つい私たちは、チャジャン麺は韓国、フォーはベトナム、ラーメンは日本と国単位で考えがちだ。だが、どれも中国発の麺文化が各地域の文脈に即して独自の発展を遂げた同胞なのである。
 著者が世界各地の中国料理の受容と変容を調査し、膨大な文献に目を通して乗り越えようとしたのは、まさに食のナショナリズムである。著者は言う。「中国料理の最大の特色とは、世界の多くの国々で現地化して、人々の食生活に深く浸透した点、さらに、外国料理やエスニック料理の範疇(はんちゅう)をこえて、ホストカントリーの国民食になることが多かった点にある」
 目から鱗(うろこ)の事実が目白押しである。天津麺とその系譜にある天津飯の発祥は天津ではなく日本。二〇世紀初頭に輸入していた天津卵が名前の由来だ。他方、中国料理の回転テーブル発祥の地が日本というのは俗説で、中国の医者が発案した衛生食卓が源流らしい。麻婆豆腐が実際に中国全土に広まったのは、日中戦争で各地の人が国民党支配下の四川に退避して戦後に各地に戻ってからだという。
 中国料理の普及は地域の料理も変えていった。ペルーでは最下層の中国人移民が開いた安飯屋が急増したおかげで、米の栽培地が増え、醬油(しょうゆ)が普及し「炒める」という調理法が根付いた。
 また、琉球王朝時代にラフテー(豚の角煮)を筆頭に中国料理の影響を受けてきた沖縄では、明治中期にかん水を使った「沖縄そば」が登場し、米国の統治下では米国で生まれた中国料理チャプスイも普及した。野菜や肉を炒め、片栗粉でとろみをつけた料理だ。
 実は日本ほど中国料理と「熱心で真摯(しんし)な対話」を続けた国はないと著者は言う。ああ、もう限界だ。本書を閉じ、近所の中華料理屋に駆け込もう。
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いわま・かずひろ 1972年生まれ。慶応義塾大教授(東アジア近現代史)。編著書に『中国料理と近現代日本』。