魚には、ほとほと苦労させられた。

 記憶をどこまでさかのぼれるのかは人それぞれだろうが、私のもっとも古い記憶のひとつは、間違いなく魚に関するものである。5歳ではじめて日本にやってきたころには、もう魚が大嫌いになっていた。つまり、その記憶は5歳以前のものだということになる。かなりあやふやではあるけれど、あのとき私はまだ離乳食を食わされていた。ならば、それは2歳前後の記憶ということになるだろう。

 台湾にいたころは曽祖母によく食べさせてもらっていたので、たぶんその日もそうだったのだろう。プラスチックの茶碗(ちゃわん)に白身魚をほぐしたのが入っていて、曽祖母はそれをスプーンですくって私の口に運んでいた。それまでは文句も言わず、美味(うま)いとも不味(まず)いとも思わずに食っていたのに、なぜだかその日にかぎっては、ああ、俺は死ぬまでこんな生臭いものを食わされるのかと絶望した。虫の居所が悪かったのかもしれない。とにかく私は魚に対して敵意を剝(む)き出しにし、魚を取るか俺を取るかふたつにひとつだという態度で曽祖母に迫り、断固として白身魚のほぐし身から顔をそむけた。

 それからは苦労の連続だった。気が荒く、手も早い祖母にはぶん殴られ、日本で小学校に通いだしてからは給食に苦しめられた。魚が出ると、私は鼻を指でつまみ、目をぎゅっと閉じて、なるべく魚が舌に触れないようにして牛乳といっしょに喉(のど)に流しこんだ。大学を卒業したあとは東京で就職したのだが、一度、会社の専務に寿司(すし)屋に連れていってもらったことがある。なんでも好きなものを食えと言われ、私は玉子をたのんだ。遠慮するな、マグロはどうだ、ウニはどうだと勧められた私は意気揚々と注文した。じゃあ、玉子で。専務はすっかりシラケてしまった……。

旅の最初に訪れた鷹島の道の駅で、アジフライのモニュメントと記念撮影。後方は鷹島肥前大橋=長崎県松浦市鷹島、河合真人撮影

 年を取るにつれて味覚が変わるというのは事実である。私にもとうとうその時が訪れた。きっかけはビールのコマーシャルだった。タレントがビールといっしょに焼きサンマを頰張るそのCMを見たとたん、口のなかに生唾(なまつば)があふれた。矢も盾もたまらず近所のスーパーへ走っていき、ビールとサンマと焼き網を買ってきた。買い物をしていたそのへんの主婦を摑(つか)まえて、サンマの焼き方まで教わった。30代なかばにして、魚への扉がほんのわずかに開いたのだ。

 それからはいろんな魚を食べた。いまでも苦手な魚は多いけれど、刺し身も食べられるようになったし、ウナギにも挑戦した。私の考えでは、ウナギはあのタレのかかったご飯のほうが美味い。なんならウナギはなくてもいいくらいだ。そんな私が最近ハマっているのがアジフライである。これは通っている眼科の近くにアジフライの専門店があり、たまたま立ち寄ったこの店のアジフライがとても美味かったためだ。

 長崎県の松浦市がアジフライの聖地と呼ばれていると知ってからは、なんとしても一度訪れてみなければならないと思っていた。そんなわけで、私たちは秋晴れの好日を選んで、聖地のアジフライを求めて車に飛び乗ったのだった。

平戸城内を散策する東山さん=長崎県平戸市、河合真人撮影

 松浦魚市場のなかにある食堂で、念願のアジフライと対面した。その日は水揚げが少なかったそうで、私たちが注文したあと、すぐに昼の定食が売り切れてしまった。魚の味などよくわからない私が食べてもおいしいアジフライだったが、味以上に私は誇らしかった。これで私も聖地でアジフライを食べたことがあると胸を張って言える。思えば遠くへ来たもんだ。魚に苦しめられた年月を思えば、落涙を禁じ得なかった。松浦でアジフライを食うのは、たとえるならシカゴで本場のブルースを聴くようなもので、感慨もひとしおであった。

平戸市内を一望できる高台にある平戸城。天守閣の向こうに秋空が広がっていた=長崎県平戸市、河合真人撮影

 さて、今回のぶらぶら歩きの目的といってはアジフライだけなので、午後がごっそり空いた。

 せっかく車もあることだし、私たちは平戸まで足を延ばしてみることにした。平戸ではこぢんまりした鄭成功記念館を見物したり、強い風が吹く平戸城を散策したりした。平戸城が平戸にあるのは当たり前だが、鄭成功記念館が平戸にあるのは、鄭成功が7歳まで平戸で暮らしていたからである。父親は中国人、母親は日本人だった。7歳で単身大陸に渡り、長じて軍人になり、清と戦って不首尾に終わったものの、台湾へ渡ってオランダ人を駆逐した。そのおかげで台湾の人々は鄭成功を国神として崇(あが)めている。記念館には台湾から贈られたという媽祖像(航海、漁業の守護神)も安置されていた。

鄭成功記念館の横には、幼少期の鄭成功と母マツの母子像が建立されている=長崎県平戸市、河合真人撮影

 話をアジフライに戻そう。全国には、土地の名産品を生み出すべく、日々血のにじむような努力をつづけている自治体がいくらでもある。私からアドバイスしてやれるようなことはなにもないけれど、竜頭蛇尾にならずにどうにか生き抜いてほしいものだ。ちなみに、ロックンロールで生き残るために必要なものを、ブルース・スプリングスティーンは自伝にこう記している。

DNA、持って生まれた才能、技巧の研究、美学を養うことと、それに身を捧げること、むきだしの欲望……
 (鈴木恵・加賀山卓朗他訳)

 ううむ、まさしく。どれも生き残るためには欠かせないものだけど、とりわけ「むきだしの欲望」を恥じてはいけない。金や名声に対する執着。アジフライにせよロックンロールにせよ、そこはわけても肝に銘じておくべし。=朝日新聞2021年11月20日掲載