「積み重なる差別と貧困」 [著]金耿昊

  在日朝鮮人が生活保護を不正に受け取ってきたという主張は、「在日特権」と称され、ヘイトスピーチのなかで繰り返されている。
 しかし、その主張は妥当なのか? 本書はこの問いを掲げて、1950年代の在日朝鮮人の生活実態を掘り起こす。
 描き出されたのは、朝鮮人が直面した雇用差別や住居差別、それゆえの困窮だ。一般企業への就職が難しく、闇市や濁酒製造も取り締まられ、低収入で不安定な仕事に就くほかなかった。生活は行き詰まる。
 日本政府は当初、在日朝鮮人を自国民とみなし、生活保護法の適用対象とした。連合国による占領が終わると、朝鮮人は日本国籍を喪失するが、その窮乏ゆえに救済は続く。だが、支給額は低かった。行政窓口での門前払いも多く、集団での陳情が必要だった。
 50年代半ば、厚生省は生活保護の「適正化」を唱え、一斉調査を行って、在日朝鮮人の保護費の減額や打ち切りを強引に進めた。背景には、防衛費の拡大にともなう福祉予算の削減があった。だが、新聞は「不正受給」を強調して報じたため、減額・打ち切りの原因がすべて不正にあったかのような認識が広まる。過度に誇張されたこの認識が、今日の「在日特権」言説につながるのだと著者はいう。
 生存が困難になった人びとの一部は、押し出されるように北朝鮮への帰国を選び、日本に残った人びとは貧困と戦い続けた。生活保護は「不正」でも「特権」でもなく、在日1世が日本社会で差別と貧困のなかを生きざるを得なかった証しだ、と著者は結論づける。
 本書は、日本が右肩上がりで経済成長を遂げたとする、一般的な戦後イメージにも一石を投じている。その成長物語には、同じ社会を構成していた朝鮮人の困窮が抜け落ちている。本書が示した在日1世の経験を、日本の戦後史として受け止め直した時、この社会の見方や、目指すべき未来が変わってくるだろう。
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きむ・きょんほ 1984年、神奈川県生まれ。横浜市史資料室調査研究員、東京学芸大非常勤講師。在日朝鮮人3世。