お話を聞いた⼈川端克宜(かわばた・かつのり)

1971年兵庫県生まれ。94年近畿大学商経学部(現・経営学部)卒。同年アース製薬入社。2006年広島支店長。11年役員待遇大阪支店長。13年取締役ガーデニング戦略本部長。14年3月から代表取締役社長。17年1月よりアースグループCEOも兼任。21年3月代表取締役社長CEO兼グループ各社取締役会長。

突然の社長指名。組織論を自分事として読んだ

 40歳の時に、当時の大塚達也社長(現・会長)から「2年後に社長を辞める。後を任せたい」と突然言われました。アース製薬は、オーナー一族が代々経営を担ってきた会社です。プロパー社員で役員でもなかった私に声がかかるとは思ってもみませんでした。異例のことですから、何をどうすればいいのか。大塚さんに正直にたずねると、会社のBS(貸借対照表)やPL(損益計算書)を見ておけというような話は一切なく、「就任までの2年間は“執行猶予期間”と思ってやりたいことをしとき。社長になったら休みもあらへんで」と言われました(笑)。恐らく、事前に机上論をこねても仕方がない、社長になってみなければ何も始まらんと思われたのでしょう。

 『組織の盛衰 何が企業の命運を決めるのか』は、社長就任時に得意先の方から勧められて読んだ本です。経営の引き継ぎのあり方や、組織を構成するメンバーの布陣のあり方などについて考えさせられる内容でした。歴史通であった堺屋太一さんの著書らしく、企業の組織運営を、戦国武将や世界史に登場する為政者の采配になぞらえて書いてあるところがなかなか興味深かったです。

 今振り返ると、私が社長を引き継いだ時期は、当社の転換期でした。大塚さんがレールを敷いた白元の買収などで組織が大きくなり、海外展開ではアジア諸国で虫ケア用品のシェアが伸長していました。経営規模が拡大する中、トップダウン型の組織からボトムアップ型の組織へと変えていく必要性を感じ、それについて社員一人ひとりが納得できるようにコミュニケーションしていかなければと考えました。今後の経営方針をどう考えているのか。どういった理由から事業戦略を立てているのか。年上の役員に話す機会や社外に説明する機会もあります。そうした時に読書が役立ちました。

 『孫子に経営を読む』は、孫子の教えを企業活動に重ねて読むことができます。例えば、「戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ」という言葉があります。本書はこれをグーグルの戦略に重ね、「グーグルの『正』は、きわめて優れた検索エンジンの用意であった。それが無料で使えるという『奇』が加わると、あっという間に巨大な数のユーザーを獲得した」と解説します。つまり、基盤となる正攻法の事業があってこそ、奇手が効いてくると。こうした教えを自社のビジネスに置き換えて考えを整理しておくと、コミュニケーションの手がかりになります。今も参考にすることの多い一冊です。

役員たちに読ませている名著のコミック版

 漫画も読みます。『課長 島耕作』は、高校生の時に読み始めました。社会に出る前は、純粋に憧れのサラリーマン像として読んでいました。それが社会人になり、だんだんと責任ある立場になるにつれて、登場人物たちを取り巻く社会状況や日本企業が抱える課題が生々しく感じられるようになっていきました。シリーズの中でいちばん好きなのは最初の『課長 島耕作』ですが、部長、取締役、常務、専務、社長、会長と、役職によって島耕作が抱える課題が変わるところが面白く、シリーズを読み続けています。

 近年は、漫画を社内のコミュニケーションツールに活用していますが、そのヒントになったのは、『ザ・ゴール』のコミック版です。工場の業務改善や全体最適化を指南する原書がよく知られていますが、原書は何しろ分厚い。そこで、原書のエッセンスがわかりやすく凝縮されているコミック版を役員たちに読んでもらっています。生産プロセスの中で相対的に弱いボトルネックはどこか、見つかったボトルネックをどう改善すべきかなどについて、本書を参考にしながら議論するのです。さらには当社の中期経営計画を社員全員が理解しやすいように解説するオリジナル漫画を制作し、国内外の各拠点、各工場に配布しています。全5話の構成となっており、中期経営計画をテーマに、「アジア収益基盤の拡大」「ESGやオープンイノベーションの推進」「IT投資や事業インフラの刷新」といった内容をまとめています。

 私の座右の銘は、「強く想うことは実現する」。ジェームズ・アレンの『原因と結果の法則』を読んだ影響です。物事が実現しないのは、ひとえに想いの強さが足りないから。人は環境のせいにしがちであるが、環境は自らの思考が引き寄せている。強い想いがあれば、実現させるためのプロセスを必死に探るだろう。プロセスが見つかれば、行動につながり、結果、実現できる。このようなマインドを持つきっかけをくれた一冊です。100年以上前に書かれた自己啓発書ですが、読むたびに腑に落ちて思いを新たにできるので、社長室に置いています。(談)

川端克宜さんの経営論

 主力の虫ケア用品をはじめ、入浴剤、オーラルケア用品、ペット用品、園芸用品などの生活用品を展開するアース製薬。好調の既存事業に加え、近年は日本発の酸化制御技術MA-Tシステム®(以下、MA-T)の普及と事業化に力を入れています。

「除菌」「消臭」の分野において新たな取り組みを

 アース製薬の2021年12月期の連結決算は、売上高2,000億円超、営業利益100億円超。純利益は前期比2倍の70億円超で過去最高益を達成。今後の展望について川端克宜社長は語る。

 「当社は創業以来、商品を通してお客様の虫に関するお悩みを解決してきました。近年は『感染症トータルケアカンパニー』を掲げて活動しています。虫媒介感染症を予防する商品を提案する企業として、『感染症に立ち向かう』という考え方に立ち返り、より広いフィールドでその使命を果たしていきたいと考えています」

 コロナ禍で人々の在宅時間が増える中、入浴剤やペット用品などの売れ行きも好調だ。

 「虫ケア用品に並ぶ収益の柱として、日用品のマーケットを育ててきました。また、新型コロナウイルス感染症を背景として、アースグループが得意とする『除菌』『消臭』といった分野において新たな取り組みを始めています」

新技術「MA-Tシステム®」の社会実装を目指す

 成長分野として注力しているのが、日本発の革新的な酸化制御技術「MA-Tシステム®」(以下MA-T)だ。この技術で作った除菌剤は、ウイルスや菌がある時だけ反応して不活性化させることができる。99.9%が水でできているので口に触れるものにも安心して使え、効果の持続性も高く、医療・ライフサイエンス分野、食品衛生分野、農薬・林業分野、エネルギー分野など広範に応用可能だ。

 「当社はMA-Tの製造権を有しています。MA-Tの普及が進めば、当社のポートフォリオを変えるほどのインパクトになる可能性があります。業績好調に甘んじることなく、10年先、20年先を見据えて新事業にチャレンジしていきたいと思っています」

 製品展開においては、除菌剤としての医療機関での活用や、市販の除菌消臭製品や化粧品としての普及に貢献していくという。

 2020年には、MA-Tの開発に長年携わってきたエースネット、MA-Tのメカニズムを解明した大阪大学発ベンチャー・ドットアクアと3社間包括業務提携を結び、MA-Tの社会実装を加速させるべく産官学連携やオープンイノベーションを推進。川端社長は同年設立の日本MA-T工業会の代表理事を務めている。

 昨年は、持続可能な成長を実現するための世界的な枠組みUNGC(国連グローバル・コンパクト)に署名した。

 「社名のアース(EARTH =地球)に象徴されるように、当社は世界でSDGsが提唱される以前から、事業そのものを通じて社会課題の解決を目指すCSV経営を行ってきました。今後も『生命(いのち)と暮らしに寄り添い、地球との共生を実現する。』という経営理念に基づく事業を進めていきます」

 リーダーとして重視するのは、コミュニケーション。社内にカフェを設けるなど、対話の場づくりにも心を砕く。
 「広島や大阪の支店長時代から年上の役員に囲まれていましたが、『ここがわからんのです。話を聞いてくれませんか?』と正直に何でも聞いて、チームワークを築いていきました。そのスタンスは、今も全く変わっていません」