採点内容の開示不可 もし採点ミスがあったら?

今春、都立高入試の採点結果をめぐって都教育委員会が対応を迫られる事態が起きている。

「合否判定ミスはどのようにしてわかったのですか?」

「賠償はどうなるのでしょうか?」

「だれが処分されるのですか?」……

今年5月、今春の都立高入試で、生徒3人について合否判定ミスがあったことが発覚した。本来、合格だった生徒が不合格にされていたのだ。6月の東京都議会文教委員会では、ミスの原因や責任の所在、再発防止について、都教委に対して厳しい追及がなされた。

都立高入試では2014年、大量の採点ミスが起きた。都教委は、このとき検討した再発防止策(①マークシート方式の導入、②合格発表日以降、受験生から申し出があれば、採点済みの答案の写しの交付、③複数の者による点検の徹底)などを行ってきた――と説明。さらに過去10年間で、生徒本人の開示請求により合否判定の誤りが判明したケースがあったことも明らかになった。

都教委は「受験者の人生を左右することにつながり、あってはならないこと」「事態の重大さをしっかりと受け止めて、今後このような事態が起こることのないようありとあらゆる防止策を講じ、実行していく」と謝罪の言葉を口にした。

ところが、いま都立高入試で進行しているのは、この言葉とは裏腹な事態だ。今の中学3年から入試に新たに加わる英語スピーキングテスト「ESAT-J」では、採点の根拠となる情報の開示請求が生徒側からあっても、都教委は「示すのはスコアが全て。それ以上の対応はしない」としているのだ。

しかし採点内容の開示は、受験した生徒と保護者を守る最後のとりでだ。6月の委員会で質疑をした戸谷英津子都議(共産)は言う。

「開示請求は入試の公正な手続きとして大事。スピーキングテストで対応しないとなると、入試の成績の一部に生徒が確認できない部分ができることになります。それでは、今回の合否判定ミスの教訓や再発防止策は生かせません。都立高入試そのものを揺るがす大問題です」

ESAT-Jは、都教委が事業主体となり、ベネッセコーポレーション(岡山市)と「共同実施」する。専用のタブレット端末を使い、生徒がタブレットに吹き込んだ解答をフィリピンで採点する。

成績はIRTと呼ばれる統計処理をしたスコアで示され、それを6段階の「グレード」に分け、20点満点で換算する。その得点を学力検査(700点満点)と調査書の点数(300点満点)に加点し、計1020点満点で合否が判断される。

入試でのESAT-J結果の扱い

スピーキングテストは11月27日に実施予定で、1月中旬に生徒に成績票が渡される。ところがこの成績票にはスコアとグレードしか記載されない。このため、生徒は、どの問題で自分が失点したのか、わからないのだ。

高校1年の子を持つ風間穣(ゆたか)都議(立憲民主)は同委員会の質疑で、昨年、子どもがスピーキングテストのプレテストを受けた際、「なぜこの点数なのか。わからない状況だった」と話した。

風間さんは、子どもの受験を通して「入試は子どもたちの人生を左右するものだ」と改めて実感したという。さらに、都立高入試に落ちて悔しい思いをした生徒が、開示請求を通じて自分に足りなかったものを知り、納得したケースを話した。

「自分が落ちた理由を生徒が納得できる状況がなければいけない。それができなくなるのは、都立高入試の正当性を揺るがすことになる」

都の公立中学の英語教員は、採点の根拠が開示されないことへの憤りを次のように話す。

「スピーキングテストは、採点者によるブレが生じやすいもの。8万人もの生徒の採点を短期間で公平にできるのか、疑問があります。ところが、都教委は採点態勢などを明らかにしようとしません。それどころか、スコアの根拠の開示もしない。これでは、採点ミスがあっても闇にほうむられてしまいます。こんなことが許されていいのでしょうか」


不受験者への対応が「前代未聞」

ESAT-Jが「入試の原則」から踏み外しているのは、「採点内容の開示」への対応に限らない。

5月、スピーキングテストを受けなかった「不受験者の扱い」が発表されると、テストや教育の専門家たちからは驚きと困惑の声が上がった。他人の点数によって自分の点数が決まる、前代未聞の方法だったからだ。

「不受験者の扱い」はこうだ。

来年2月に行われる英語の学力検査で、同じ高校を受けて、同じ点数を取った生徒たちのスピーキングテストの平均点を算出し、不受験の生徒に加点する――。同じ点数が10人以上いた場合やいなかった場合など、都教委は五つのパターンを示した。

下の表は、同じ得点が10人以上いる場合について都教委が示した「算出方法」だ。グレードAは20点、Bは16点と4点刻みで点数化される。学力検査75点の受験生の平均は16.4点となり、それを不受験者に当てはめて、「B」となる。

スピーキングテストを受けていたら、この不受験者は「C」だったかもしれない。受けないことによってゲタを履いて「B」になった可能性もある。実際に受験して「C」だった生徒は、果たして納得できるのか。BとCでは4点の差がつく。これが合否を分かつことになったらどうだろうか? 不受験者の扱いは、不受験者だけの問題ではなく、他の受験生も巻き込む。

都教委が示した、不受験者のESAT-J結果算出方法

「他人の点数によって、自分の点数が決まる、このような制度は過去にもあったのでしょうか?」

6月7日、都庁で開かれた「入試改革を考える会」によるESAT-Jの導入反対の会見で、東京大大学院の中村高康教授(教育社会学)は、記者の質問にこう回答した。

「私の知る限り、ないですよね……」「個人の能力を判定するのが入試で、個人の能力以外のものを持ち込むのは極力避けるのが今までのやり方です」

学力検査の結果とスピーキングテストの結果の間に相関関係はあるのか。

都教委は5月の都議会文教委員会で、「具体的な相関関係のデータはただ今持っておりません」と答えている。

会見する、中村高康・東京大大学院教授〈右〉ら=6月7日、東京都庁、関口佳代子撮影

慶応大名誉教授の大津由紀雄さんが代表理事を務める一般社団法人「ことばの教育」のでは、テスト理論が専門の東大名誉教授で、広尾学園中学高校長の南風原朝和さんの文書を読むことができる。南風原さんは、学校ごとだとサンプル数が少ないために平均 点が安定しない点や、逆転が容易に起こるとして、「これでは入学者選抜として成り立ちません」と結論付けている。

大津さんは言う。「英語学力検査とESAT-Jに高い相関があるのであれば、ESAT-Jを導入する必要はありません。低い相関しかないのであれば、不受験者の算出方法は謎としか言いようがありません。こんな破廉恥なテストは撤回すべきです」

不受験者とは、病気で入院するなどして受験できない生徒のほか、ESAT-J実施日時点で都外の中学校や私立学校に在籍している生徒などが該当する。例年一定数いるという。

区立中3年の子どもがいる母親は「一定数いるのであれば、影響を受ける受験生が多いのではないか。様々な決定、周知は遅すぎるし、都の行政能力が劣化していると感じる」と憤る。都議会からも「こんな複雑な採点システムを導入することは、さらに合否判定ミスを誘発することにならないか」と懸念の声が上がる。


一斉開始ではない試験時間――問題漏洩(ろうえい)のリスクが高まる

「都教委が出した『ESAT-J実施概要案』に『タブレット端末を移動させる形式で実施する』と書かれているのを見たとき、目を疑いました。『移動させる』とはどういうことなのか。入試ですから、当然、タブレット端末はひとりに1台準備されるものと思っていました。しかし、そうではなかったのです」

そう語るのは「入試改革を考える会」代表の、大内裕和・武蔵大教授だ。ESAT-Jは同日同時間に、生徒たちを都立高校などの会場に集合させ、前半・後半の2組に分けて実施する。前半組のテスト終了後、同じ会場内で待機している後半組に端末を移動し、1台を2人で使い回す。前半組の試験終了から後半組の試験開始までは20分間ある。

「同一問題を時間を分けて実施すると、問題漏洩のリスクが高まります。実際、今春の大学入学共通テストでは、あれほど厳格に会場の監督をしても問題漏洩が起きました。加えて、前半組の生徒のときにはタブレット端末がうまく作動しても、後半組の生徒の解答時に不具合が起きた場合、前半組の生徒の音声データが回収できなくならないのでしょうか。そのリスクも懸念されます」(大内さん)

なぜ、リスクを呼び込む、このような不自然なかたちでテストを実施するのか。

EduAの5月の取材に対して都教委は「リソースが限られているから」と回答。「部屋を変えたり、動線を工夫したりすることで、問題漏洩などが起きないよう万全を期すので大丈夫だ」と話した。

大内さんは言う。

「ESAT-Jは、運営を担っているベネッセの英語4技能テスト『GTEC』と試験内容が酷似していると指摘されています。GTECでも、前後半の2組に分けてテストを実施していると聞きます。都教委は、事業者に丸投げしているのではないでしょうか」

「入試改革を考える会」ではこれまで、ESAT-Jの疑問点や懸念点について会見を開いたり、質問状を提出したりしてきた。

「いまやESAT-Jがスピーキングテストとして適当かどうかを問う次元を超えています。従来の入試の原則を打ち破る『おきて破りの入試』を15歳の子どもたちに本当に課していいのか。全国の皆さんに考えてほしいです。前例ができればこのテストは全国に広がります」

ESAT-Jの問題点について訴える大内裕和・武蔵大教授〈中央〉=6月24日、東京都千代田区\n

今年11月27日に初めて実施される予定の、東京都立高校入試の英語スピーキングテスト「ESAT-J」。その申し込みが7月7日から始まります。テストの実施方法はすでに明らかになっていますが、「採点内容の開示はしない」「受験しなかった場合は他人の点数を参考に自分の点数が決まる」など、従来の「入試の原則」を大きく踏み外していることが分かってくるにつれて保護者、教員の間で困惑が広がっています。申し込み開始を直前に控え、実際にどんな問題が起きているのか、実施への疑問の声はどのようなものなのか。まとめました。(写真は、東京都庁)