あらすじ

レコード会社に勤務する葛西泉(菅田将暉)と、女手ひとつで息子を育てた母・百合子(原田美枝子)は、過去のある事件をきっかけにすれ違うようになっていた。結婚した泉と妻・香織(長澤まさみ)の間に子どもが産まれようとするころ、百合子が認知症と診断される。母の記憶が失われていく一方で、泉はある日、母の部屋で1冊の日記を見つける。そこには、彼が決して忘れることのできない「空白の過去」の真相がつづられていた。

「人間らしさ」が詰まっている

――菅田さんは本作のオファーを受けた際、川村監督から原作小説も渡されたと伺いましたが、読んでみていかがでしたか?

 読み終わった頃には体がポカポカして、少し涙ぐんでいました。誰もが共感でき、理解できる「人間らしさ」みたいなものがめちゃくちゃ詰まっていて、素直に感動しました。普段目をそらしているつもりはないけど「もうちょっと向き合わなきゃな」という現実的な問題がたくさん描かれている作品だなと思ったので、すぐに川村さんに電話して「ぜひ出演させてください」とお返事しました。

――その時はほかにどんなことを話しましたか。

 川村さんのお祖母さんの体験をふまえて書いたとおっしゃっていたので「具体的にどんなことがあったんですか」とか、この作品を書くにあたって川村さんが見た情景などを聞きました。

――泉を演じるにあたって意識したことはありますか?

 キャラクター造形とか、こういうお芝居にしようということは現場に行けば行くほどなくなっていきましたね。この作品はワンシーンをワンカットで撮るので、現場は予想していたものとはめちゃくちゃ変わるし、芝居以外にも見せ方みたいなものを追求していかなければいけなかったので、感情のなぞりは家でやりつつも、あとは川村監督が現場で作る波に静かに乗っていくという感覚でした。

人生が変わる狭間で

――卵ばかり何個も買ったり、不可解な言動を繰り返したりと、百合子の認知症の症状が悪化しても、泉は声を荒げることなく、優しくフラットに接していた姿が印象的でした。

 僕は母に対して優しくいようと思って演じていなかったので、今のお話を聞いて「確かにそうも見えるな」と思いました。泉としては、単純に母親の行動にびっくりするんですよ。キッチンで暴れると危ないから、とりあえずその場を収めようとしたし、息子としては、絶対的な「母親」がこんなに弱っているんだという姿を突きつけられたときに、思考が止まって何も言えない状態にならざるを得なかったんだと思います。

©2022「百花」製作委員会

――泉は妻の香織との間に生まれてくる新しい命への喜びと、徐々に記憶を失くし老いていく母に戸惑います。そんな人間の「生老病死」の狭間で揺れる役どころを演じられて、どんな思いがありましたか。

 新しい命が誕生するタイミングと、ひとつの命がしぼんでいく様子を同時に体験することで、泉の中に大人と子ども両方の感覚が同居しているんですよね。どちらかひとつでも人生が変わるようなことが、ふたつ同時に起こってその間に挟まれている。

 この作品の撮影に入る頃は僕も結婚する前だったので、家庭を持つことについてずっと考えていたし、うちのおばあちゃんの認知症が進んでいた時期でもあったので、よぎるものがたくさんありました。自分だったら「今はそういう時期なんだな」って受け入れるけど、泉の場合は事が大きいのでいっぱいいっぱいだろうし、もう頭の中がぐちゃぐちゃだったんだと思います。

――全体を通して、泉の感情が一番動いたと思うシーンはどこでしたか?

 やっぱりお母さんの日記とメモを見つけたところですかね。幼い自分を残して、母親がいなくなった「空白の1年」の手掛かりを見つけて、中を読んで泣き、嘔吐するという一連のシーンは、泉の心理描写としては一番丁寧にやらなければと思っていました。

©2022「百花」製作委員会

――あの瞬間から、泉の中で何か変わったと感じられましたか。

 何かが変わったというより、想像していたものに骨組ができて、怖さが増したんだと思います。ずっと「母親」として見ていた人が「一人の女性」として行動したんだなというのはそれまでも何となく感じていたけど、具体的に何があったかは分からないし、知りたくもない。そんな中でその証拠になるようなものを見てしまい、具体的に知ってしまった。せっかく「あの頃のことは許そうかな」っていう気持ちが生まれていたところだったから、より事の根の深さみたいなものを泉は感じたように思います。

――封印していた記憶を取り戻そうとする中で「これ以上進んでは行けない」という葛藤もあったかと思うのですが。

 母の女性としての部分は見たくないし、そこに踏み込む嫌悪感ってきっとみんなあると思うし、普通は無視しますよね。でも、泉の中でずっと違和感があって、知りたかったことに向き合う時が来た。だけど深入りしたくないし、知るとしんどいことも分かっているから、泉としてはなるべくさらっといきたかったんだと思います。

五感と記憶

――百合子が言っていることが本当なのか、間違った記憶なのか、それが本心なのかも分からないという難しい役どころを演じた原田さんですが、菅田さんが一番心を掴まれたのはどのシーンですか?

 全部すごかったんですけど、僕は香織と百合子さんが散歩しながら話しているシーンが特に好きです。ここだけは母の話している言葉と意思が合っているなっていう瞬間にちゃんと見えたというか。僕のおばあちゃんも急に芯を食うようなことを言う時があるんですよ。記憶って、普段は体と心、言葉が一本になっているけど、認知症によってそれらがバラバラになって中々一本にならないのに、その時だけビシッと一本になった瞬間があのシーンにはすごく感じました。

©2022「百花」製作委員会

――認知症であってもその人にとって大切な記憶は残るし、病気でなくても忘れることはありますよね。

 映画の後半で、百合子さんが「半分の花火が見たい」と言い続けることにも関係してくるかもしれないのですが、記憶について色々と調べていた時に興味深い話を聞いたんです。

 記憶について研究している大学の教授が、学生たちに「記憶力が良い人、手を挙げて」って聞いても誰も手を挙げなかったけど、「最後にディズニーランドに行ったときのことを覚えている人?」と聞くとみんな手を挙げたそうなんです。「誰と行ったの?」とか「その時何を食べた?」と聞くと、どれも覚えている。それはなぜかというと、テーマパークって色々な音を聞くし、色々な匂いがして、アトラクションに乗れば大きい声を出す。そうやって五感を同時に使うことが多いから記憶に残りやすいんですよ、っていう話がすげぇ面白くって。それを聞いてから、僕も台本を覚える時は難しければ難しいほど五感を同時に使うようにしています。

――本作への出演を通して、「記憶」と「忘却」についてどんなことを思いましたか。

 僕らの仕事って「覚える」と「忘れる」が常で、毎日台本を覚えて、その日やったお芝居を忘れていく日々なので、記憶は常に入れ替わっているんです。それに僕自身も記憶は曖昧だし、意外とみんな記憶の改ざんって無意識にしていると思うんですよね。泉も自分では覚えているつもりだったけど肝心な記憶が抜けていることもあって、嫌だった思い出が今になると染みてくることもある。この映画は、きっと誰もが経験する「家族と自分の記憶」という結びつきを描いた、壮大な「あるある」なんだと思います。

好きな漫画を勝手に普及

――今作は原作小説がある作品でしたが、普段読書はしますか?

 僕は昔から漫画しか読まなくて、本は仕事で関係するものだけ読みますね。原作がある作品に出る時は「読まないで」と言われない限り、なるべく読むようにしています。この前は出演していたドラマに出てきた『自省録』(マルクス・アウレーリウス著、神谷美恵子訳、岩波書店)を買って読みました。

――本作のテーマにかけて、一番記憶に残っている一冊を教えてください。

 『HUNTER×HUNTER』や『幽☆遊☆白書』なども描かれている冨樫(義博)先生の『レベルE』(集英社)という漫画です。とある星の宇宙一賢い王子様が地球にやってきて、いたずらをするっていう話なんですが、小学生5人をどこかの星に飛ばしたり、王子の作ったRPGゲームの中に迷い込ませたりするんです。高度な文明と知能によって、もはやいたずらのレベルじゃないぶっ飛んだ内容なんですけど、読んでいるとハッとさせられることも多いんです。「ぜひ読んでみて」と色々な人に配って、勝手に普及活動しています(笑)。

お話を聞いた⼈菅田将暉(すだ・まさき)

俳優。1993年生まれ。大阪府出身。2009年に「仮面ライダーW」でデビュー。その後は、映画「溺れるナイフ」「アルキメデスの大戦」「糸」「キネマの神様」「CUBE 一度入ったら、最後」など多数出演。17年に歌手としてデビューをするなど、幅広く活躍している。

インフォメーション「百花」

川村元気原作・監督・脚本。平瀬謙太朗脚本。菅田将暉、原田美枝子、長澤まさみ/
北村有起哉、岡山天音、河合優実、長塚圭史、板谷由夏、神野三鈴/永瀬正敏出演。2022年9月9日(金)公開。104分。