「デジタル空間とどう向き合うか」 [著]鳥海不二夫、山本龍彦

 計算社会科学と憲法学の気鋭の研究者ふたりがデジタル空間を論じる、というだけで思わず手に取った。デマや炎上の最新の分析から、憲法が保障する権利とデジタル空間との関係まで、対処法にとどまらない、刺激的な論点が次々と繰り出される。
 人間には二つの認知システムがあるという。一つは深く考えず反射的に反応するもので、二つ目は熟考して反応するシステムだ。人間を理性的な存在にしているのは、二つ目があるからだ。だが、デジタル空間では、もっぱら一つ目の反応が利用される。脳に刺激の多い情報やデマ、陰謀論などの前に、二つ目の認知システムはまともに機能しない。どうすればいいのか。
 興味深いのは、本書の出発点が、人間の弱さを受け入れ、個々の人間の理性の力に過度な期待をしていないことだ。対話や教育、リテラシーといったものだけでは太刀打ちできないと認め、合理的な判断を支援する仕組みや環境を、社会的に構築するべきだという。
 本の中で使われる食べ物のたとえがわかりやすい。体に良くないとわかっていても、ジャンクフードに手を出すのが人間だ。刺激の多い情報を見るなというのではなく、食品の栄養成分表示のように、情報の出どころや正確性などの「成分表示」をし、時には「偏食」を知らせるなど、様々な方策が提案されている。
 はっとさせられたのは、最先端の技術が、皮肉にも、近代以前の「集団への回帰」をもたらしかねないという指摘だ。年齢、性別、職業などの属性からAIが選別した情報の中で暮らす現代は、個人より身分や職業などの集団で認識され、生き方まで決まった封建時代を思い起こさせる。
 近代以降確立された自律的な個人がデジタル空間で侵食されつつある中、欧州では、自分の情報をどこまで他者と共有するかを主体的にコントロールする権利の整備が進む。日本の大きな課題の一つだろう。
    ◇
とりうみ・ふじお 東京大教授(計算社会科学)▽やまもと・たつひこ 慶応義塾大教授(憲法学)。