「愚か者同盟」 [著]ジョン・ケネディ・トゥール

 小説作品に意味や分かりやすい教訓がないと満足できない人にこそ『愚か者同盟』を薦めたい。500ページ超の物語の筋を要約してもテーマを見いだせはしないが、ただこの長さに付きあい時おり居眠りしつつページをめくれば、不定形の笑いにより脳の緊張がほどける。読書とは、その過程こそが愉悦だとわかる。
 主人公はイグネイシャス、哲学をたしなみ口は達者だが、怠惰でわがままな30歳だ。映画館では身体が左右の座席にはみ出るほどの肥満体。耳当てのある帽子を手放さず、出がらし紅茶のような体臭がある。2人暮らしの母の金をせびって暮らしていたが、ある日母親が事故で負った借金の返済のため、社会に出て労働をするはめになる。
 運よく雇われた会社は奇人だらけでネグリジェで出勤する80代の事務員も。当初はおとなしくファイル整理をしていたはずがやがて労働闘争を扇動するに至る。次は屋台のホットドッグ屋の売り子となるも、客より自分が食べるほうが多い始末。まじめからは程遠く、口をつくのは不平不満、それでも無敵の「空気を読まない」精神で、元カノなども巻き込んで町中をひっかきまわしていく。
 物語の舞台は1960年代のニューオーリンズであり、黒人や同性愛者へ、そして夜の仕事の女性たちへも世間の差別意識はあからさまに向けられている。イグネイシャスはいわばその暗い秩序を転覆させるトリックスターであり、俗世を超越した存在として描かれる。メルヴィルの『書記バートルビー』では、主人公の労働放棄の態度の無垢(むく)性と得体(えたい)の知れなさが、不条理劇のなかで読者を魅了するが、イグネイシャスもその同系譜と考えてよさそう。スラップスティック小説が、ふと読者の思索を遠いところまで誘うのだ。
 著者は本作出版を夢見つつ没したが今は評価されずともいつかは読まれると信じていたか? この時代にこそ読みたい労働小説だ。
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John Kennedy Toole 1937〜69。米国の小説家。自死後の1980年に出版された本書はピュリツァー賞に。