この本を書いた人あさのあつこ

1954年岡山県生まれ。小学校講師を経て91年に『ほたる館物語』で作家デビュー。少年野球を題材にした『バッテリー』(野間児童文芸賞、小学館児童出版文化賞)は、シリーズ累計で1000万部を超えるベストセラーとなり、映画やテレビドラマ、マンガ、アニメ化も。『たまゆら』で島清恋愛文学賞受賞。時代小説も手がけ、《弥勒》シリーズは吉川英治文庫賞の候補にも。

※「ワテラスブックフェス」は、一般社団法人淡路エリアマネジメントが主催する本のイベントです。東京・神田淡路町の大規模複合施設「WATERRAS(ワテラス)」では、毎年、多様な本の作者をお招きしたトークイベントを実施しています。

 作家のあさのあつこさんによる時代小説「弥勒」シリーズの最新第11作『乱鴉の空』を中心に、書評家の大矢博子さん、大学生の鈴木愛子さん(ワテラススチューデントハウス)が聞きました。2006年にあさのさんが初めて手がけた時代小説『弥勒の月』から続く「弥勒」シリーズは、武士の身分を捨てた小間物問屋・遠野屋清之介と変わり者の同心・木暮信次郎、そして岡っ引きの伊佐治を軸に人間の心の闇を描く捕物帖です。

作家デビューのきっかけになった藤沢周平作品

鈴木:小学生のときから『バッテリー』をはじめ、あさのさんの作品に親しんでいましたので、今回このようにお会いできてすごく嬉しいです。

あさの:こちらこそ、ありがとうございます。

大矢:鈴木さんは、時代小説を読まれたのは初めてですか。

鈴木:ほぼ初めてです。言葉が難しいところもあって、中学・高校のときはなかなか手が伸びなかったんですけれども、今回大変楽しく読ませていただきました。
 あさのさんは藤沢周平さんの作品を読まれて、時代小説を書かれるようになったとお聞きしたんですけれども、どのようなところに時代小説の魅力をお感じになったんでしょうか。

あさの:実は私も時代小説は、あまり読んだことがなかったんです。
 37歳でデビュー作を出すまで、物書きにはなりたいけれども、どうやってなっていいかもわからず悶々としていました。子育て真っ最中でもあったので、書けないけど、本は読みたい。たまたま行った本屋さんに藤沢周平さんの『橋ものがたり』という短編集があったんですよ。短編集だったら忙しいきれぎれの時間にも読めるし、買ってみようかって。
 読み出したら止まらなくなって、今まで自分が抱いていた時代小説のイメージがグラグラと崩れるような感じを味わったんです。時代小説は織田信長や徳川家康のように歴史に名を残した人々の物語という変な思い込みがあったんですが、『橋ものがたり』を読んで、「あ、時代小説って自分に繋がる、名も無き人々の話を書けるものなんだ」と思ったんですね。
 ミステリーの読み解きの面白さもあり、生きることの悲しさとかつらさ、そこにほんのちょっと芽生えた希望の鮮やかさも書かれていて、これは面白いと。私はこういうふうに人を描きたい、と思いました。そうか、私は書きたかったんだと、本当に改めて気付かされたんです。

大矢:『橋ものがたり』のようなものを描きたいと思ったけども、まずは児童文学の方にいかれたんですか。

あさの:はい。江戸時代が何年から何年までかも知らなかったぐらいで、デビュー作は自分が勝負できるところからと考えました。それで、山間の小さな温泉街を舞台にした『ほたる館物語』を書きました。
 その後ずっと児童小説を書いていましたが、どこかで時代小説を書きたいという思いは抱いていました。

『バッテリー』と『弥勒の月』の複雑な関係

大矢:『弥勒の月』を実際に書き始めたのは、いつごろなんですか?

あさの:『バッテリー』と同時ぐらい。多分2巻目を書き終えたあたりぐらいじゃないかな。

大矢:結構早いですね。(出版社から)注文されたわけじゃないですよね?

あさの:はい。私は児童書自体もすごく好きで、『バッテリー』や『NO.6』、『THE MANZAI』でも、ともかく書きたいという思いで続けてきたんですけど、やっぱり児童書では書き表せない何かが時代小説にはあって。

時代小説への思いを語るあさのあつこさん

大矢:そこ、聞きたいですね。

あさの:私にとっては、「大人」なんですよ。少年や少女たちの1日1日を生きていく姿と同時に、大人を描きたい。そう思ったときに、本当に水が流れるみたいに時代小説のところに行きついた。
 でも、当然どこからもオファーがあるわけではないので、ずっと合間合間に書き続けていたのが『弥勒の月』の原型なんですよ。

大矢:鈴木さんは、『弥勒の月』を読んでみて、主人公たちについてどう感じましたか?

あさの:すごく聞きたい。

鈴木:信次郎にすごく興味を持ちました。何を考えてるのか、登場人物の誰にもわからないじゃないですか。ちょっと嫌味なことを言ってみたり、威圧的なところもあったり。共感できない異質な存在だと思うんですけど、なんでメインキャラクターに選ばれたんでしょうか。

あさの:私、ひねくれた男がすごく好きで、なかなか児童書では書きにくいところがあったんです。

大矢:『バッテリー』の原田巧もなかなかひねてると思いますよ。

あさの:え?そう?みたいな(笑)。実は、『バッテリー』に出てくる瑞垣くんも、相当ひねっているんです。そこら辺はシンクロしています。
 私は「大人」を書くんだったら、まっとうな正義感のある立派な大人ではなくて、いろんな意味でちょっと外れている人間を描きたい。最初は、暗さのある大人の男として清之介から始まったんですけれど、彼1人では物語が成り立たないと思ったときに、自分の中から出てきたのが木暮信次郎なんです。
 『バッテリー』と並行して書いていて、私の中ではすごい影響し合ってるところが実はやっぱりすごくある。

大矢:すごく興味深いですね。「弥勒」シリーズの木暮信次郎のちょっとノワールな感じを頭に入れた上で『バッテリー』を再読すると瑞垣くんがちょっと違ったふうに見えてくるかもしれない。

あさの:実はあの2作品って複雑に絡み合ったところがあります。

最初に出てきたのは青春ものではなくノワールだった

あさの:「弥勒」シリーズを書きながら、何か私自身が清之介や信次郎という人間がわからないんです。『弥勒の月』を描きながら、なんでこんなにわからないんだろう、なんでこんなに暗くなるんだろうと。どういうふうに希望を持たせていいか、わからない。

鈴木:信次郎は、あさのさんにとってもわからない存在なんですか?

あさの:そうなんですよね。メインキャストの1人だし、読者に好きになってもらいたい。共感や好意を持って受け入れてもらいたいという思いがあるんですよ。

大矢:あるんですね(笑)

鈴木:信じられない(笑)

あさの:書き手としてはすごくあるんですけど、そういうものを上回って本当に何かいやなところがある。書けば書くほど、まっとうな方にいかなくて。どうしたらいいんですかね。

書評家の大矢博子さん

大矢:不思議ですよね。例えば、あさのさんの時代小説のなかでは、『火群のごとく』や『燦』、『薫風ただなか』といった作品は、藤沢周平さんの『蝉時雨』の世界に近い。「友情・努力・勝利」の「(週刊少年)ジャンプ」みたいな作品も、あるじゃないですか。

あさの:はいはい。

大矢:私は、あさのあつこが最初に時代小説を書いたとき、そちらを連想したんですよ。やっぱり、児童文学の書き手だから少年ジャンプ的なものだろうな、と思ったらとんでもないノワールが!
 木暮信次郎たちが先に出てきちゃった、ということなんでしょうか?

あさの:はい。時代小説って、真っすぐに生きる人間も不自然でなく書けるっていうのがある。それも魅力の一つだと思うんですけど、本当に一番初めに書いた、しかも発表のあてもなく書いたものが、青春ものでなかったっていうのはどうしてなんでしょうかね。自分でもわからなくて。

大矢:今度こういう話を書こうって思ったときに、「このテーマだったら時代小説がいいな」と考えるのか、あるいは、「よし今度は時代小説を書くぞ、さあ何を書こう」と考えるのか、どっちでしょう。

あさの:前者だと思います。もちろんオファーが児童書なのか一般書なのかというのもありますが、基本的には自分の中で書きたい人間が少しつかめてから、舞台を探す。

大矢:それは面白いです。「書きたい人間が見えてくる」。書きたい話じゃなくて、まず「人」なんですね。

あさの:そうです。だから、信次郎や清之介、伊佐治にしても、ずっと自分が書いてきた児童書の世界にはまらないんですよ。それが時代小説には、はまったんです。

最新作でメインキャラクターが「消えた」理由

鈴木:すごく人物を重要視されていると思ったんですけど、その信次郎が今回、最初から失踪してるじゃないですか。気になっちゃって。

大矢:最新巻『乱鴉の空』では、主人公の片翼と言ってもいい同心・木暮信次郎が物語の最初から行方不明になる。奉行所の捕り方が木暮の屋敷に踏み込むんですが、もぬけの殻。木暮の下で働いている岡っ引きの伊佐治が大番屋に連れて行かれて、木暮はどうしたんだと責めを受けるんですが、そもそも奉行所は何を調べたくて木暮を探してるのか、そして木暮は一体どこに行ったのか。伊佐治と遠野屋清之介の2人が木暮を探しながら、その背後を探るという物語ですね。だから、いないんですよね。

『乱鴉の空』

鈴木:ありがとうございます。最初からいらっしゃらなくて……。

大矢:敬語になってる。信次郎に(笑)

鈴木:話を作ってる中心だった人物がいないっていうのはすごくショッキングな展開でした。信次郎について描きたい部分があったからこそ、いなくなってしまったと思うんですけど、いないのに描くのってすごく難しいじゃないですか? 周りから見た信次郎を描きたいという意図だったのかなって私は思ったんですけど。

大学生の鈴木愛子さん

あさの:私もちょっとびっくりして「消えたわ!」と思ったんです(笑)。私は、プロットとか考えられないので。ただ、シリーズを書いてきて、清之介については、どう生きたいかとか、葛藤や過去も含めて、少しわかってきた部分があるんですけど、信次郎は全然わからない。
 私にとってわかる手立ては、もう書くことしかない。じゃあ、彼の話を書こうって思ったのが『乱鴉の空』だったんですよ。

大矢:彼の話を書こうとしてその彼が行方不明の話を……。

あさの:なんでですかね。わかんないんですけど、ただ彼を内から書くのは違うなと思っています。そこまで私自身も踏み込めてないので、わからない。
 彼の存在を消すことで見えてくる何かが、私が見えてくる何かがあると直感的なもので思ったのかな。

本と人間は一対一の関係

大矢:作家の中山七里さんに聞いた話なんですが、作家にはプラモデル型と彫刻型の2種類がいると。プラモデル型の作家は最初にきっちり設計図を引いて設計図通りに書いていく。彫刻型の作家は、ドンって丸太があってとりあえず彫ってみる。彫り上がったときに自分はこれを彫ってたんだっていうのがわかる。あさのさんは典型的な彫刻型なんですよね。

あさの:そうですね。現れないから書きたい、彫りたいっていうのがあるので、自分で信次郎なり清之介なりを彫り出した、つかんだと思ったら、多分シリーズが終わるだろうと思います。でも、私の中ではこれでつかめたと思った作品って、つまらない気がしてはいるんですよ。書き手が、わからなくって、ここまでだと思いながら書いた作品の方が、私は力があるような気がしています。

大矢:これから時代小説を読むというビギナーの方に向けて、あさのさんからアドバイスを。

あさの:本は、人間と人間の関係と似ていて、一対一の関係です。私が面白いものが鈴木さんだと面白いものとは限らない。
 そういう意味で、新しいジャンルに踏み込むことで、新しい人に出会えるようなことは、絶対にあります。もし一度も時代小説を読んだことがない方は、新しい世界、新しい人に出会えるので、ちょっと踏み込んでくれたら嬉しいなと思います。
 だめなら、そこで関係を断ち切れるのが本です。本当にずっとこの1冊っていう本もあれば、もう二度と開かなくていいやっていう本に出会うこともある。でも、どちらもすごく大きな経験になります。ぜひぜひジャンルにとらわれず読んでいただけたらなと思います。

動画本編では、記事中で紹介しきれなかったトークが楽しめます。大矢さん、鈴木さんを相手に、あさのさんが創作の秘密や時代小説を書く苦労を語ります。

学生による『乱鴉の空』レビュー

 今回イベントに参加した鈴木愛子さんをはじめ、ワテラススチューデントハウスの学生3人が、あさのあつこさんの『乱鴉の空』を読み、感想を交えて内容を紹介してくれました。

鈴木愛子さん
メインキャラクターの1人である信次郎の失踪を中心とした、シリーズものの醍醐味を感じられる作品。何を考えているか分からないけどキレもの、憎らしいが嫌いにはなれない、どこか気になる人物である信次郎。主人公たちの“あの信次郎がなぜ? どこに?”という気持ちに共感し、一気に弥勒シリーズの世界に引き込まれてしまいます。江戸に生きる沢山の人達からの情報を手に入れていきますが、真実に近づくヒントなのか、はたまたミスリードなのか、最後まで全く結末が予想できませんでした。思わず最後まで読んでしまう魅力的なミステリー小説です。登場人物の喋りが軽快で、時代小説初心者でもかなり読みやすいと思います!

福井菜紗さん
『月が出ていた。丸く、丸く、妙に艶めいて見える月だ。』
私はあまり時代小説を普段読みません。
時代小説を読んでいると教科書をみているような気分になるからです。
しかし、「弥勒の月」の冒頭から、まるで自分がその時代にいて、事件が起きている光景を片隅で見ている感覚に陥りました。「乱鴉の空」を読み終える頃には、すっかり信次郎、伊佐治、清之介のファンになっていました。
3人の男たちが繰り広げる推理の行く末に待つ、事件の真相に終始目を離すことが出来ませんでした!!

田中悠貴さん
突然姿を消した同心・木暮信次郎の謎を解くため岡っ引き・伊佐治と商人・清之介が駆け回る。あさのあつこさん「弥勒」シリーズの最新作『乱鴉の空』は男たちの情動が静かに、しかし鋭くぶつかりあう。きりりとした冷たくも豊かな言葉たちが、眼前に江戸の街を立ち上げ、人物の呼吸を感じさせる。私は彼らとともに心拍数を上げ、息衝く。
ページを繰るごとに真相に近づいていくが、一方で人間がわからなくなる。乱れ飛んでいた鴉が飛び去り、美しい空が広がっても鴉の喚き声が耳に残り、心をざわめかす。結果、人間とは何か、という大きな謎を抱き本を閉じた。