「登山用具は本来、人の命を守るためのものなんですよ。僕らは厳しい山に向かうアルピニストや冒険家をずっとサポートしてきたので、技術的な面からいえば、防護服やフェイスシールドはそれほどハードルが高いものではなかったんです」

 実はモンベルでは農業や林業、漁業といった第一次産業に向けた製品も開発している。たとえば森林伐採現場で使うプロテクター。チェンソーでの作業時に刃が当たる可能性がある箇所に特殊保護材を使用したロングパンツやグローブ、飛んできた枝や小石から顔を守るフェイスマスクといった製品もつくっている。

直営店は休業で「売り上げは限りなくゼロに近いが……」

 3つめの理由が、被災地支援を継続してきた「アウトドア義援隊」の存在だ。今回もこの活動の一環と位置づけている。

 1995年阪神淡路大震災の発生直後、辰野はすぐに現地入りし、瓦礫撤去などを手伝った。そして状況を見ながら、寝袋やテントの支援物資を提供していった。このときの経験からアウトドアの道具や技術、知識が災害時に役立つことを実感したという。

 その後、「アウトドア義援隊」を設立し、東日本大震災やネパール大地震、熊本地震、昨年の台風19号の水害現場などで、有志の社員やボランティアを募り活動を続けてきた。

「これまでの経験が活きているのだと思いますね、僕らは現場主義だから。それと資金。アウトドア義援隊はモンベルの経営とは別会計にしているので、医療物資もつくることができているんです」

 モンベルグループの年間総売上は840億円にのぼるが、ほとんどの直営店を休業(5/14現在)しているいま、「売り上げは限りなくゼロに近い」と辰野はいう。それでも支援が続けられるのは、義援隊への寄付金があるからだ。

 モンベルには、提携施設の割引や買い物時のポイント還元、会報誌配布などのサービスを提供する「モンベルクラブ会員制度」があり、97万人が入会している。会員からの寄付金や貯めていたポイントの寄贈などが義援隊の活動資金になっているという。

「でもね、モンベルにできることには限りがあるんですよ」

 このほど抽選販売が行われた布マスクも売上の50%が「アウトドア義援隊」に寄付される。限定9万枚のマスクには、約36万枚の応募が集まった。

「僕らは組織としてできることがあるけれど、多くの人たちがいま、自分も何かできることはないかと考えています。それでマスクを購入したり、ポイントを寄付にあててくださったりする。いまの状況は世界中すべての人が被災者であり、助ける側でもある。そう考えると、一人ひとりが小さなことでも行動したらいいんじゃないかな」

 東日本大震災で現地支援を行っているとき、ボランティアのひとりがこう嘆いた。「私には一部の人しか支援することはできない……」。それに対して、辰野はボランティア全員にこう話したという。

「あなた一人が被災者すべてを助けることはできないけれど、あなた一人が被災者ひとりを助けられたなら、それでいいんじゃないか。10人いたら10人、100人いたら100人を助けられるわけだからね」

 今回のモンベルの医療支援は各種メディアで取り上げられ、大きな反響を呼んでいる。辰野のもとには「もっとこんなことをして欲しい」といった要望が多数寄せられているという。

「でもね、モンベルにできることには限りがあるんですよ。期待値というのはどんどん膨らんでいくものだけれど、モンベルだって被災者なわけだから。社会に対して何ができるかを考えるのと同じように、これから社員やその家族をどう守っていくかを考えなければならない。それが企業の第一の使命。いまこうして頑張っているのは経営者としての理念、それに尽きますよ。これからの企業は理念こそが問われる時代になるんじゃないかな」

(千葉 弓子)