『いだてん』は、日本の近代史において女性たちが走り続けてきた様を描いた物語でもある。

 それはまるで駅伝のように、あるいはオリンピックの聖火リレーのように、走り続ける人が継承される物語だ。ひとりひとり、自分の区間を走る。そして火は渡される。消えないように、ずっと。物語はつづく。走り続ける人がいる限り。

 とりわけ近代で「女性」が走ってきたことを取り上げたドラマは、大河ドラマ史上、そう多くはない。


女子バレーボール日本代表チーム主将・河西昌枝役を演じた安藤サクラ ©︎getty

『いだてん』は「日本近代フェミニズム史」の物語でもある

 2019年の大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』は、表向きは「日本のオリンピックをめぐる物語」だが、多様なテーマが隠されていた。ある側面からみたら「日本近代政治史」の話もあり、しかし同時に「日本近代文化史」の話だった。それはまるでオリンピックがある面から見たら政治に利用される場であり、しかし国際交流の場でもあり、同時に選手にとって重要な戦いの場でもあることに似ている。

 オリンピック、と一口で言っても多様な側面があることを『いだてん』はくりかえし描いていた。そして『いだてん』という物語もまた、多様な側面から解釈され得る物語になった。

 ある人にとっては、ひとつのドラマが低視聴率の番組になり、ある人にとっては、よくぞ描いてくれたと涙を流す物語になる。

 そしてある側面から見ると、『いだてん』は、「日本近代フェミニズム史」の物語でもあった。

日本近代史はこんなにもスターが多かったのか

 というと、オリンピックの話なのに、なぜフェミニズム史? と首をひねられたかもしれない。だけど実際に『いだてん』は確実にフェミニズムのテーマをしのばせている。一年間視聴した方にとっては自明の事実かもしれないが、日本の近代オリンピックを描いた物語は、たしかに、日本の近代フェミニズム――つまりは「女性の自立をめぐる問題」の歴史を描いていたのだ。

『いだてん〜東京オリムピック噺〜』は、日本が初めてオリンピックに参加した1912年(ストックホルムオリンピック)の出来事から、1964年の東京オリンピックを開催するまでの、明治・大正・昭和の時代を舞台にしたドラマだ。いかにして東京はオリンピックを招致したのか? 日中戦争から辞退することになった幻の東京オリンピックがあった? そもそも体育教育もなかった明治時代にオリンピックへ出場した選手とは? ――日本近代史はこんなにもスターが多かったのか、と驚くような、スポーツと政治と文化と時代の物語になっている。

 当然、52年もの長い期間を描くわけだから、主人公はひとりではない。日本で初めての「オリンピック選手」マラソン競技の金栗四三と、日本で初めてのオリンピック招致に尽力した田畑政治のふたりがリレー形式で主人公になっている。

 その裏で、実は「ヒロイン」も交代している。