サンクションのスイッチが入るかどうかは、不倫による利得の大きさが、共同体の中に明文化されない形で存在する「許容範囲」を超えるかどうかにかかってきます。杏樹さんの場合は、当初このラインを超えていないように見えました。ですが、あの謝罪コメントによって、得ようとしていた利得の大きさが「見える化」されてしまったのです。

「未亡人のささやかな幸せ」ではなく「略奪不倫」だった

  コメントにあった〈今年に入って、お相手から独り身になるつもりでいるというお話があり、お付き合いを意識するようになりました〉という部分に多くの人が反応していましたが、この一文で杏樹さんが貴城さんを犠牲にして、喜多村さんという伴侶を得ようとしていたことがわかってしまいました。「悲しい未亡人のささやかな幸せ」だと思っていたのに、実際のところは「略奪不倫」だった。その帰結として、杏樹さんはフリーライダーとして認識され、いままさに集団的サンクションが起こりつつある局面であるといえます。

 不倫報道に対するサンクションは、不倫をしている人がどれほどの利益を得ているように見えたかがカギとなります。また、そもそも協力行動を取っていない、協力構造の中にいる人ではないと認識されていれば、その人はフリーライダーではあり得ませんから、この場合もサンクションを受ける対象にはなりません。いわゆる「突き抜けている人」と認識されている北野武さん、そもそも不倫をしそうな雰囲気を漂わせ、妖しい魅力で視聴者を虜にする斉藤由貴さんなどに対しては、世間は比較的寛容だったのでないでしょうか。

 杏樹さんがもし謝罪文を出すのであれば、自分の利得の少なさと貴城さんが払う犠牲への配慮はより重くお考えになったほうが良かったのではないかな、と思います。

(「週刊文春デジタル」編集部/週刊文春デジタル)