人の心は、なんと移ろいやすいことか。『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春SP』への反応に、やや驚きつつ呆れる。

 略称『逃げ恥』の大ブームから四年。ガッキー可愛い。恋ダンス最高。森山みくり(新垣結衣)と津崎平匡(ひらまさ/星野源)の恋に「ムズキュン」した人々が一転して拒否反応を示した。

 初めての出産と育児に戸惑いながら、仕事との折り合いにも苦闘する二人が描かれる。職場によっては出産もままならない。「子供を産むのに“順番待ち”って何よ!」と仰天し憤りを覚えるみくり。


新垣結衣 ©共同通信社

 平匡くんも同じ。育休を申請したら、上司は「一週間でも大変なのに、一か月なんて冗談じゃない」。平匡に、みくりが妙案を出す。育休を「さも当然」という顔で取りましょう。

 どんな顔で。うーん、こんな顔かな。二人で“さも当然顔”を考案、練習するあたり、さすが野木亜紀子の脚本は上質なユーモアが光る。子供を産むため、困難に立ち向かう二人。

 それが『逃げ恥』にかつて熱狂した人々には、気に入らない。男女の格差をことさら強調する演出が嫌いだとか、つわりが苦しいからって家政婦を雇ったり、無痛分娩を選ぶなんて、庶民感覚とズレてるぞ。

 ムズキュンのドラマを見たかったのに、面倒な社会的問題を訴えるなんて、気分悪い。そのレベルだ。

 でもね、ガッキーの可愛さと、脚本のユーモアでコーティングしてたが、『逃げ恥』にも社会性や批評性はあった。野木亜紀子は新春SPで勝負に出た。どんな理不尽が、この国にまだまかり通っているか。

 副題の“人類”に注目。半世紀前に小松左京は、SFの本質を「普通小説は個人=人間を描くが、SFは人類を描く」と定義して、私に衝撃を与えた。

 野木も先進国ニッポンにいまだ残る矛盾を、すべてこのドラマにぶち込んだ。その蛮勇に一票。笑いだって凄いぜ。臨月近くのみくりがクシャミをして「あっ」と呟く。「尿が漏れても一人」。放哉(ほうさい)の「咳をしても一人」のパロディだ。

 女同士の友情が心地よくも切ない。みくりの伯母、土屋百合(石田ゆり子)は子宮体がんに罹った。看護師長をしている友人がそれに気づき、検査を勧めた。別れ際に彼女は「あたし、高校のころ、土屋のこと好きだったんだよね」と小さく呟いた。彼女はいま女性の恋人と暮らしている。この一言が泣けた。しかしキュンを求める者は「LGBTとか入れやがって」と嫌悪し多様性を排除する。

 童話の王子と王女は結ばれる。不条理な社会での、そのメデタシメデタシの後日譚を描いたスタッフの膂力(りょりょく)を称えたい。そして尿漏れという言葉を口にしても、どこか愛らしい新垣結衣の清楚さが記憶に残る。

『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!』
TBS系 1月2日放送
https://www.tbs.co.jp/NIGEHAJI_tbs/

(亀和田 武/週刊文春 2021年1月21日号)