聖火リレー、いつのまにやら始まってしまった。福島県の「Jヴィレッジ」を出発した第一ランナーは、サッカー女子ワールドカップで優勝した「なでしこジャパン」だが、主将の澤穂希さんの姿はない。

 セレモニーも無観客。さらに「コロナに打ち勝った証としてのオリンピック」という言葉をたびたび発した菅義偉首相は「国会の日程」を理由に欠席した。

 なんか、変。しかしテレビ各局が、このモヤモヤ感の核心に触れないなか、攻めの姿勢を見せたのは『バイキング』だった。

 坂上忍は、知人のメダリストの発言を紹介した。「アスリート・ファーストって言い方を止めてほしい。社会ファーストじゃないんですか」。国民の多数が五輪の中止、無観客を望むなかで、スポーツ関係者にも拒否感が生まれた。

 ゲストの北村晴男弁護士が「始まった以上、盛り上がってほしい」と、首相と似た発言をした。アテネ五輪、アーチェリーの銀メダリスト、山本博が即座に反応した。

 何かといえば“スポーツの力”が強調される。「しかし世の中にはスポーツ大嫌いな人もいて、彼らからすると余計なお世話だ」って話ですよ。だからスポーツ大好きな人は、五輪について低姿勢で臨まないと。偉いッ! 前回の東京五輪の熱狂にも無縁だった私の胸に刺さる言葉だ。


©iStock.com

 五輪は開催できるのか。そこを詰めずに「どういうかたちであろうと必ずやる」と放言したのが森喜朗だ。五輪の観客は「上限なし」「五〇%」「無観客」の三択だが、山本は迷わず無観客を主張。坂上も「中止や、再々延期も決断できる状態でやってほしい」とまで言った。そして「生放送で五輪のこと言うのって勇気がいる」とも。

 パラリンピック女子競泳の秋山里奈も、続出した聖火ランナー辞退者が「スケジュールを理由にして、辞退理由をはっきり表現できない」不自由さを指摘。

 聡明なアスリートはまだいる。柔道メダリストの山口香は「私たちにはこれまで、オリンピックが始まれば、朝から晩まで応援してもらえるもの――という前提があった」。しかし「一回ぐらいやらなくてもいいのでは?」と思う国民が多かったのが現実だ(『文藝春秋』四月号「東京五輪、国民は望むのか」)。

 三月二十五日の夕刊。朝日新聞の一面に“「希望ともす」一万人がリレー”の見出し。だがその脇の「素粒子」欄は「きょう、『復興五輪』を掲げて双葉町を行く。住民ゼロの実情を映す所は通らずに。」と書く。三十八字の短文に朝日の意地と批評を見た。

 坂上忍もアスリートも、そして大新聞のコラムニストも炎上や左遷を覚悟で発信している。日本もまだまだ捨てたもんじゃない。

INFORMATION

『バイキングMORE』
フジテレビ系 月〜金 11:55〜
https://www.fujitv.co.jp/viking/

(亀和田 武/週刊文春 2021年4月15日号)