『かわいいウルフ』(小澤みゆき 著)亜紀書房

 近年再評価著しい、20世紀前半の英国で活躍した女性作家、ヴァージニア・ウルフ。そのファンブックともいえる本が出版された。ウルフをはじめて読む人の感想を集めたり、作中に登場する料理を再現してみたり……。本を編んだのは、会社員と同人活動の二足の草鞋を履く小澤みゆきさんだ。

「ウルフを好きになったのは大学時代です。当時、神保町でアルバイトをしていて、その帰りに古本屋に通っていました。その時に手に取ったのがきっかけですね。初めて読んだのは、西崎憲さんが編訳していた短篇集です。ウルフは長篇小説が有名だけど、短篇も面白いんです。作風は難解だと言われがちなのですが、私は大学ではプログラミングなどの情報系を専攻していたので、文学の知識があまりなく、ウルフに対する先入観がなかった。それが、自分なりのウルフ像を作り上げるためには逆によかったのかなと思います」

 もともとは谷崎潤一郎や坂口安吾など、日本の作家が好きだった小澤さん。ウルフとの邂逅以降、その世界にのめり込む。

「就職先では、編集業とは違う仕事をしていたので、20代は全くの趣味でウルフを読んでいて、話をできる人は周りにいませんでした。それで友人たちにウルフを布教したいと思ったんですけど(笑)、ちょうどいい入門書が出ていなくて……。ないものは自分で作ろうということで、同人誌を作ることにしました」

 本の冒頭には、「ヴァージニア・ウルフは、かわいい。」という考えにいたった理由や、なぜいまウルフなのか、という問いへの小澤さんなりの答えがまとめられた文章が収録されている。

「ウルフの小説は、硬質でキラキラしている。わかりやすくはないのですが、だからこそ、“かわいい”という言葉と組み合わせることで挑発的なインパクトを読者に与えられるかな、と思いました。ウルフといえば〈意識の流れ〉という文学的手法だけが言及されがちですが、たとえば『オーランドー』という小説は、男性として生まれたオーランドーが途中で女性になって、何百年も生きて……という、今でいう異世界転生ものです。シリアスとユーモアを兼ね備えた、様々な作品を書いた作家だということを知ってほしいと思いました」

 2019年の春に、同人誌として『かわいいウルフ』を発売すると、評判を呼び、当初500部だった部数を1000部まで増やした。

「同人誌の時から、書店ではよくフェミニズム本の棚に、ソルニットなどと並べて置かれていました。ウルフはいま特に、フェミニズムの観点から再評価されていますが、私自身は単純に小説から入ったので、あまりそういうイメージがなく、当初は現代性のようなことは意識していませんでした。出版してからそういった反応があって、幸運にも時勢とマッチしているんだな、と気づきました」

 同人誌版は小澤さんの手元にも数冊しか残っていないという。買い損ねたという声を受け、Twitterで商業出版してくれる出版社を募集したところ、亜紀書房から声がかかった。

「ウルフ自身は、夫と出版社を立ち上げて、小説だけでなくエッセイや評論も書いた。独立精神に溢れた人だったんです。個人的にはいま、小説だけでなく、そういう生き方もかっこいいと思っていて。私自身、今後は同人誌の制作過程を公開するなど、色々やっていきたいのですが、それもウルフに影響を受けていると思います。死ぬまでウルフには飽きないだろうな、と思います」

おざわみゆき/1988年生まれ。会社員。2016年より同人活動を始める。20年に出版プロジェクト「海響舎」を立ち上げ、文芸同人誌『海響一号 大恋愛』を発表。ほか、『新潮』『文學界』『しししし』といった雑誌にエッセイ等を執筆。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2021年5月20日号)