今、女性芸人の世界が揺れている。女性芸人といえば、当たり前のように「ブス」「デブ」「非モテ」をいじられ、そこで強烈なインパクトを残すことが成功への足がかりとされてきた。

 しかし、持って生まれた容姿や未婚か既婚かどうかの社会属性などを「笑う」ことに対して、今世間は「NO」という意思表示をし始めている。「個人としての感覚」と「テレビが求めるもの」、そして「社会の流れ」。三つの評価軸の中に揉まれながら、女性芸人たちは新たな「面白さ」を探し始めている。

「どこ見てんのよ!」の決め台詞で、2000年代初頭に大ブレイクを果たした青木さやか。バラエティ番組ではそのドキュメンタリー的面白さでドッキリのターゲットとしても活躍した。

 結婚、出産、離婚、ガンの摘出、そして幼少期から続く母との確執……ドキュメンタリーフィルムのような人生を自ら綴った 『母』 (中央公論新社)が話題の青木さやかに聞きたかった。「どこ見てんのよ!」と叫んでいたあの日の青木さやかは、一体どこを見ていたのだろうか。(前後編の前編/ 後編 を読む)


青木さやかさん

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——『母』はタイトル通り、お母様と青木さんとの「確執」を中心に書かれています。自分の心にのしかかっていること、特にそれが家族のこととなると言葉にするのは非常に難しいと思うのですが、書くことで何か変化はありましたか?

青木 もともと10年前に当時『婦人公論』の編集長だった三木(哲男)さんが、私と母の確執を取材してくださったんですね。で、その後久しぶりにお会いした時に、「お母さんお元気ですか?」って聞かれたんです。その時に「亡くなったんですよね。いい送り方ができたんですよ」みたいな話をしていたら、「ちょっと取材させてください」と。

 私と母の、仲直りじゃないけど、確執を解く話をあらためて『婦人公論』でさせてもらったら、すごく多くの方がその記事を読んでくださったんですね。それで連載をやることになりました。

 今回本にしたことで、より客観的に自分のことを見られるようになったと思います。そして客観的に見た結果、一つのケースとしてはすごく面白い人間だなとも思ったけど、やっぱり厄介というか、一般的ではない部分があるなとも思った。極端だなって。

 そんな人間の近くにいてくれる友人をあらためてありがたいと思ったし、反省したところもあります。

弱さはさらけ出したほうが楽になる

——お母様と自分との葛藤を含め、心の奥にしまっていたものを他の誰かに知られてしまう怖さはなかったですか? 

青木 いつも何かを書いたり言葉にする時は、ある程度過去になった時なので。母との問題は渦中ではないから書けたんだと思います。

 以前は「母のことが好きじゃない」みたいなことを言うと、すごく批判的なことを言われたり、番組で「親のことを悪く言うなんて最低だな」って怒られたこともあるんです。でも、頭では分かってるけど、心がどうしてもついていかないことってあると思うんですよ。そうやって言うことが、その時の私のベストではあった。

 今はその怖さみたいなものはないですね。弱さはさらけ出したほうが楽になるというのは、私はお笑いをやってきて分かっているので。

 たしかに自分が普段出したくないようなところを書いていたりもするので、これが世の中に出たらどう思われるんだろうという心配はありました。ただ、やってみると「どうってことないわ」という感じ。この前、パニック障害の話をさせてもらった時もそうでした。

 皆さんがどう思っているのかは知らないけど、意外と別に変化はなくて。なんなら周囲が前より気を使ってくれて、優しくなってくれたような気もするし(笑)。

——ちょっと生きやすくなる。

青木 そうそう。実際相手がどう思ってるかはわからないですけど、こちらのとらえ方次第だなって。

——「弱さはさらけ出したほうが楽になる」っていい言葉ですね。

青木 そうです。お笑いって自分の弱さを出した時に人は初めてファンになるんじゃないかなって思うんですよね。それがお笑いじゃないかなって。私は、だから怒ってたんです。