アニメ版プロデューサーが禁止した2つのこと

『ゆるキャン△』の本当の主人公は、このゆっくりと流れる時間である。『ゆるキャン△』は「女子高生がキャンプをするだけで何も起きない漫画」と説明されることが多いため、読んだことのない人間は「キャンプというのはただの設定で、美少女キャラがたくさん登場するから人気なのだろう」と誤解するかもしれない。

 だがアニメ版のプロデューサーである堀田将市が『Business Insider』で語った

〈「『ゆるキャン△』制作の場で、僕が禁止したことが2つあるんです。一つは『相手を褒める時に“かわいい”と言わせない』。そして、『安易な抱き付きをさせない』です。例えばなでしこが『リンちゃんかわいい!』と言ったり、テンションが上がって抱きついたりしちゃったら、その瞬間このアニメのジャンル、あるいは『見方』が確定してしまうじゃないですか。それは避けたかった。そもそもそんな描写、原作の時点で存在していないんですけれど(笑)」〉

 という言葉は、作り手が『ゆるキャン△』をいわゆる美少女アニメ、萌えアニメとして売ろうとしていないことをよく表現している。なでしこはガーリッシュで愛らしいキャラクターだが、周囲の友人たちはナチュラルなトーンで会話し、物語はゆるやかに進む。

 原作漫画家のあfろ氏の過去の作品の単行本を読んでも、最大のヒット作となった『ゆるキャン』のキャラクターデザインや人物描写は、過去作に比べて明らかに「甘さを抑えた」ものになっているように思える。

 「甘さ」と「辛さ」はエンターテインメントの大きな武器だ。どの作品も、愛情表現や可愛さという「甘さ」、そして不幸や悪意、絶体絶命のピンチという「激辛」で読者を刺激し、その渇きで読者をひきつける。商業漫画の常識としては、ストーリーにおいて「激辛」のドラマチックな演出を排除し、キャラクターデザインや人物描写の「甘さ」を抑えたら、エンタメとしてのフックがほとんど何も残らなくなってしまうはずだ。

 だが、『ゆるキャン△』は商業的に大成功をおさめ、作品が描く「甘すぎないナチュラルな、透明にゆっくりと流れる時間」は、シリーズを重ねるごとに支持者を増やしている。

まるで「ミネラルウォーター」だ

『ゆるキャン△』の静かな支持の広がりを見ていて思い出すのは、日本における家庭用ミネラルウォーターの歴史である。

 1983年、カレーなどの人気商品はあったものの、飲料水メーカーとして後発だったハウス食品は、「他社がやっていないもの、市場にないもの」を探し、それまで業務用に限定されていた高品質な水の家庭向け商品、『六甲のおいしい水』を発売する。「水を売る」ことは当時としてはカルチャーショックで、会議で企画を提案した担当者には「返品されてきたら六甲のおいしい水で風呂にでも入るつもりか」と揶揄の言葉が向けられたという。

 だが、誰もが知るように、今や日本中の自販機やコンビニにミネラルウォーターが並ぶ。暑い夏の日、自販機でコーヒーやジュースが売れ残っているのにミネラルウォーターがすべて売り切れている、という光景を目にしたことがある人は多いだろう。