「それでは、献杯〜」

 7月5日、新宿歌舞伎町の老舗オカマバー「ひげガール」では、マスクをつけたスタッフ、キャストたちが訪れた客とともに、病死した仲間の死を悼む「お別れ会」がおこなわれた。店の中央には祭壇が置かれ、花にかこまれた遺影には着物姿でおどけた表情の、1人の“老婆”が写っている。


「お別れ会」でのババ子さんの遺影 撮影/宮崎慎之輔 ©文藝春秋

 米山ババ子さん。享年72歳。2003年「Dの嵐!」(日本テレビ)に“脱サラオカマ”としてテレビに初登場した。その強烈な名前とキャラクターが反響を呼び、「サンデー・ジャポン」「ナカイの窓」など数々の情報番組やバラエティ番組に出演。一世を風靡した“名物オカマ”だ。心臓に持病があったババ子さんは、6月26日、千葉県内の老人ホームで死去した。「ひげガール」でババ子さんと同僚だったキャストが明かす。

思い出深い嵐の5人から届けられた「胡蝶蘭」

「ババ子にとって嵐との番組は特に思い入れが深い宝物でした。番組では大野くんとのカラミが多く、罰ゲーム役として登場させてもらい何度もホッペにチューをしてきたのですが、大野くんも笑いながら『アイツ吸うんだよ』ってネタにしてくれていた。実は大野くんはプライベートでもお店に遊びにきてくれて、焼酎を飲みながら『ウン、ウン』ってババ子の話を、目を細めて聞いていた。連絡先も交換していたみたいで、釣りをしていた大野くんからメールが来た際には嬉しそうに報告してきた。ガラケーの待受画面も、一時期大野くんでした」

 お別れ会の翌日、ババ子さん宛てに赤坂にある芸能人御用達の老舗生花店から大きな白い胡蝶蘭の鉢花が届いた。差出人はジャニーズ事務所、送り主の名前は「嵐」だった。休業中でバラバラになったメンバー5人が、ババ子さんが亡くなったことによって、再びひとつになった証でもあった。

「ここ最近、『嵐』は芸能活動を休止した大野くんを気遣うため、『嵐のカラーがでないように共演は2人まで』というルールを引いている。個別の名前で花を出すならまだしも、5人揃った『嵐』の名前で出すのは極めてまれなことです。コロナ禍で店にはいけないなか、故人に対し義理をはたしたかったのでしょう。『嵐』の低迷期だった当時に番組を盛り上げてくれたババ子さんは、大野くんをはじめ『嵐』にとって大事な存在なのかもしれません」(スポーツ紙記者)

「嵐」に愛されたババ子さん。その生涯に迫った――。