『あなたにオススメの』(本谷有希子 著)講談社

 毒気がたっぷりな二篇の物語を、他人事だと思って楽しく読んでいるうちに、自分も同じ穴のムジナであることに気づかされた。

『推子のデフォルト』は、近未来を思わせるディストピア的な作品だ。子どもを「等質」に教育する人気保育園に娘を通わせ、体中に超小型電子機器をいくつも埋め込んでいる推子(おしこ)は、複数のコンテンツを同時に消費することを常としている。作り物のコンテンツに満足できなくなってきた彼女は、オフライン志向のママ友が、デジタル至上主義の世の中に順応できずに子育てに悩む姿さえもエンターテイメントとして消費するようになる。

 もう一篇の『マイイベント』は、巨大台風が迫り来るマンションが舞台だ。河川の氾濫が心配される中、妻とともに安全な最上階の部屋で暮らす渇幸(かつゆき)は、防災用品をしっかりと揃え、台風をひそかに心待ちにしている。しかし、同じマンションの1階に住む、あつかましい家族が避難してくることになり、優雅に過ぎていくはずだった渇幸の1日が様変わりする。

 一見、共通項のない物語に見えるが、他人の不幸や災害が、自分に無関係である限り消費できるコンテンツになるという点で、この二篇は同質性を持っている。そして、2人の主人公がともに「強者」であるということが、この作品の持つ毒気を、より強烈で純度の高いものにしているように思った。

 彼らの強者のなり方には、特徴がある。それは「安心」を溜め込むことによって強者になっているということだ。推子はデジタル社会に順応することによって、渇幸はリスク管理を怠らないことによって、それぞれ安心を手にしている。

 安心は、人の心の中にかりそめの土台を作り、それが積み重なれば積み重なるほど、自分が他人よりもうまく生きているような気がするものだ。そして、不安の中にいる人たちを下に見るようになり、ほとんど自覚もないうちに自らを強者にする。

 でも、だからこそ、この物語は読み手の気持ちをざわざわさせる。なぜなら、そういう安心の持ち方には誰もが覚えがあり、推子や渇幸の人間としての歪みや意地の悪さが、実は本人の資質ではなく、ぼくらが何かと求めてしまう安心によって生み出されたものではないかという気がしてくるからだ。

『あなたにオススメの』というタイトルは、ネットショッピングのおすすめ機能で表示される文面から取ったものだと思うが、ぼくらは推子や渇幸のように、自分に安心を与えてくれるものを次から次へと摂取することで、知らず知らずのうちに人間性を作り替えられてしまっているのかもしれない。そう考えると、拠り所である安心を奪われて錯乱する彼らを、滑稽だなぁと笑うことがどうしてもできなかったのだ。

もとやゆきこ/1979年、石川県生まれ。2000年「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、主宰として作・演出を手掛ける。主な戯曲に『遭難、』『幸せ最高ありがとうマジで!』、主な小説に『自分を好きになる方法』『異類婚姻譚』『静かに、ねぇ、静かに』など。
 

しらいわげん/1983年生まれ。2004年「野ブタ。をプロデュース」でデビュー。近著に『たてがみを捨てたライオンたち』。

(白岩 玄/週刊文春 2021年9月2日号)