『挑発する少女小説』(斎藤美奈子 著)河出新書

「100年〜150年も前に書かれた小中学生くらいの女子が主人公の物語が、世代も国境も超えて読み続けられ、新たに映像化されている。読者である子どもたち自身に選ばれてきたから、生き残ったと思うんです。ノスタルジーに浸るのではなく、読み直してみると、やはりそうだよねと思うところと、子どもの頃には気づかなかった発見があった。どれも大人のいじわるな目で読んでも、分析に耐える厚みのある作品だった」

 そう語るのは、文芸評論家の斎藤美奈子さん。『挑発する少女小説』で、誰もがタイトルは知っている『小公女』や『あしながおじさん』など19世紀後半から20世紀半ばまでに書かれた9作品を時代背景や社会構造なども参照しつつ、何が書かれていたのか、なぜ今も読まれているのかを深掘りした。本書のもとになったのは、「文學界」に発表した論考と、シニア女性向けの月刊誌「ハルメク」に連載したエッセイだ。

「長年一緒に仕事をしてきた友人の女性編集者が『ハルメク』の編集長になり、連載を頼まれました。そこで少女小説を提案すると、すごく乗ってくれて。少女小説はシリーズ全巻を読破していたり、関連グッズを集めていたり、熱く語ったりする人が大勢いるジャンルです。連載中は担当の編集者が熱いレポートを送ってきてくれて、参考になりました。一方、新書を担当してくれた男性編集者は一冊も読んだことがなかった。両極端の人の意見を聞けたのは面白かったし、執筆の役にも立ちましたね」

 どの翻訳を引用するかも相当考えたという。

「たとえば『赤毛のアン』を日本で最初に翻訳したのは村岡花子さんですが、どの作品もさまざまな訳が出ていて、固有名詞の書き方や、口調が違って面白いんです。普及度や入手しやすさ、いま読んでしっくりくることなどを加味して、各作品一冊に絞りました」

 斎藤さんによれば『アン』派と『若草物語』派、2つの派閥があるという。

「話を聞くと、だいたいキレイに二分しますね。女の子をエンジョイする『アン』は戦後の日本女性が置かれていた環境と似ています。それが嫌で『もっと自由にやりたい』と感じる子は、男の子になりたかったジョーが主人公の『若草』に行ったのかもしれません」

 実は一度書き上げた後、読み直して「面白くないなぁ」と思い、締切を延ばしてもらって、書き直した。

「『ハイジ』は過酷な資本主義社会を生きる出稼ぎ少女の物語だなど、肝となる部分を際立たせました。『アン』はみなし子の就活小説だ、とかね。ただ、どの作品も自分の道を見つけて世界を肯定する物語です。『私の居場所はない』と感じて自己肯定感を持てないでいるお子さんにこそ読んでほしいですね」

 タイトルの“挑発する”とはどういう意味なのか。

「少女小説は文学史的には家庭小説に分類され、良妻賢母を育てる教育ツールでした。しかし、女性作家たちはその枠組みにとらわれず、『女はかくあるべし』というジェンダー規範からはみ出していく子の物語を書いた。むしろ『女の子だからって見くびらないで』『子どもを舐めるな』と読者を挑発し、鼓舞してきた。私は学習漫画や理系の児童書の編集経験があります。その体験からいくと、子どもは子ども騙しを見抜きます。いま振り返って『なんであんな本が好きだったのか』と思っている人もいるはずですが、あなたがあの本を好きだったのは間違いじゃなかったよ、と言いたかった。作品も作家も読者も肯定したいな、と」

さいとうみなこ/1956年、新潟県生まれ。文芸評論家。94年『妊娠小説』でデビュー。2002年『文章読本さん江』で小林秀雄賞。他の著書に『紅一点論』『日本の同時代小説』『忖度しません』『中古典のすすめ』などがある。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2021年9月2日号)