トーベ・ヤンソンといえばフィンランドの生んだ児童文学作家、イラストレーターで、ムーミンの生みの親としてあまりにも有名。このヤンソンの若き日々を描いたのが映画『TOVE/トーベ』だ。

「ムーミンとの出会いは4、5歳の頃。祖母が読み聞かせしてくれた。その中の一冊は、祖母が私のためにもらってくれたトーベ・ヤンソンのサインがあるの。スナフキンのドローイング入りで、ザイダへ、って書いてあるのよ。宝物にしているわ」

 そう告白するのはザイダ・バリルート監督。


ザイダ・バリルート監督

「監督の依頼が来たとき、真剣に悩んだの。トーベについての映画は作りたい。でも、責任重大で、自分なりの視点や解釈が重要。それを見つけ出せなかったら監督をやる意味はないと思った。まっすぐに彼女を直視できるまでに、時間がかかったわ」

 フィンランド人にとって、ヤンソンは特別な存在なのだ。

「フィンランドでも、画家をめざしていた若い頃についてはあまり知られていないの。彼女には画家として成功したいという強い願望があった。ムーミンは生計を立てるためにやっていた仕事で、複雑な心境だった。作品では、自分探しをしていた時代、葛藤する若い女性として描きたいと思った」

 本作は第二次世界大戦前後、30代のヤンソンの人生に目を向ける。有名な彫刻家を父に持ち、まだ保守的だった美術の世界で、画家としての成功を得られず満たされない日々を送っていた時代だ。

「絵を描くとき、何かがトーベを引きとどめていたの。彼女の絵画を一枚一枚吟味して考えた。きっと父に認めてもらいたいという気持ちのせいで100%自由になれなかったのだと思う。一方で、政治風刺画を描く場合、彼女はヒットラーやスターリンを恐れず大胆に描いた。他人を喜ばせることより、自分に正直でいることを大切にして、その姿勢を人生にも貫いたのね」

 戦後のヘルシンキのアート・シーンは活気に満ちていた。アーティストたちは政治、哲学、演劇や音楽について語り合い、新しいライフスタイルを謳歌した。ヤンソンは、アトスという博識な男性ジャーナリストや新鋭の女性舞台監督のヴィヴィカなど、男性とも女性とも恋をし、彼らとの出会いによりアーティストとしての道を切り開いていく。

「彼女が足を運んだパーティーは特にワイルドだったそうなの。それに比べると自分の世代がずっと保守的に思えるくらい(笑)。当時のアーティストは時代の先を行っていた。同性愛が違法な時代に同性愛者も受け入れた。自由で創造性にあふれ、ある意味で今日が人生最後の日であるかのように生きたの」

 哲学や音楽にも強い関心を示したヤンソン。ジャズにあわせて夢中で踊る姿はその生き方を象徴しているかのよう。

「ジャズの大ファンの彼女がよく聴いていたという、エディット・ピアフやジョセフィーン・ベイカーなども映画では使ったわ。トーベを演じる俳優のアルマ・ポウスティは祖母がトーベの友達で、彼女が言うには、機会があればトーベはいつでも踊っていたと。仔馬のような踊り方でちょっとぎこちないけれど、自分なりのリズムがある。トーベのダンス映像が入手できたので、絶対に使いたかったの」

 女性の自立、親子関係や家族の絆、同性愛など、本作は現代の女性が抱えるのと同様の問題について触れているのが興味深い。100年以上前に生まれた女性が、あれほど自分に正直に生きたのは信じられないくらいだ。

「女性アーティストとして生きていくのが困難な時代だったにもかかわらず、彼女はいろんな意味で驚くべき存在だった。戦争の記憶が生々しい時代で、子供が死ぬのが嫌だからと、結婚して家庭を持つことを拒んだ。芸術に人生を捧げると決心した。人生いろんな人がいろんな選択をする。彼女のような選択肢もあるんだと知ってもらうのは大切で、すごく刺激的だと思う」

Zaida Bergroth/1977年、フィンランドのキビヤルビ生まれ。ヘルシンキ芸術デザイン大学(現・アールト大学)卒業後、2009年『僕はラスト・カウボーイ』で長編監督デビュー。1920年代にフィンランドのカルト集団を率いた実在の女性をテーマにした前作『Maria's Paradise』(2019)が、トロント映画祭などで高く評価された。

INFORMATION

映画『TOVE/トーベ』
10月1日公開
https://klockworx-v.com/tove/

(高野 裕子/週刊文春 2021年9月23日号)