『夜の少年』(ローラン・プティマンジャン 著/松本百合子 訳)早川書房

 6月にフランスの国民議会選挙が実施され、大統領与党が過半数割れした。驚きのひとつは急進右派の国民連合が躍進したことだ。

 この国民連合がかつて国民戦線と呼ばれる人種差別的な極右政党だったことは周知の事実だ。

 だからこそ本作の語り手、フランス北東部メスで鉄道員として働き、左派の社会党を支持してきた父には、長男フスが国民連合支持の極右の若者たちと親しく交わるようになってしまったことが理解できない。

 子供のころに母を病気でなくしたからだろうか。看病で忙しく、長男には弟ジルーの世話を任せきりでずいぶん無理をさせた。

 フスとジルーの兄弟仲はよく、成績優秀なジルーはパリで学業を続けるために猛勉強する。兄の幼なじみで、先にパリの名門校に入学していたジェレミーが受験に協力してくれる。フスはそれをあたたかく見守っている。だが心の底ではどう思っているのか。

 好機を逃さずパリに出ていく者たちと地方に留まり続けるしかない者たち。ともに後者の父と長男。なのにフスは父が毛嫌いする国民連合への関与を深め、父子の溝は広がるばかりだ。

 困惑と怒りを抑えきれぬ父親の静かな語りは、家庭内の軋轢と不幸を描くばかりではない。そこからは経済的な繁栄から取り残された地方の閉塞感が漂い、既存の政治に対する庶民の失望の受け皿として急進右派が浸透していく風土が浮かび上がる。フランスの地方の〈いま〉をこれほどリアルに描く小説は貴重である。

 たしかに本書には、地方生活を通してフランス現代社会を映し出す鏡のようなところがある。だがこれは小説である。その鏡が激しい音を立てて割れる。

 ある週末、帰宅した父は、ソファに横たわった長男を発見する。顔は醜く変形し血まみれである。

 恋人と一緒に、国民連合のビラを配っているときに反対派の若者グループに襲撃され殴打されたのだ。

 悲劇的な事件。でもこれが息子と父に和解をもたらすのでは……。そんな淡い期待を吹き飛ばすさらなる大事件が生じる。しかも今度は、被害者だった息子フスが加害者となる。

 息子がその罪の責任を取ることを願う父は、裁判で陪審員の情に訴えるようなことは言えない。しかし下された判決には大きなショックも受ける。どんなに公正に振る舞おうとしても、息子を深く愛しているのだ。

「すべてが常軌を逸してしまったあの瞬間」はなぜ起きたのか。父は考え続ける。だが結局、息子の心中はわからない。小説は他者の頭のなかを覗ける芸術だが、作者はそれを禁じ、父親の内面のみに焦点を当て、加害者の家族を苛む苦悩を読者に追体験させる。

 小説の結末部に息子が父へあてた手紙が置かれる。息子の心の声? そこにあなたが読むのは救いだろうか。絶望だろうか。

Laurent Petitmangin/1965年、フランス、ロレーヌ地方メスの鉄道員の家庭に生まれる。リヨンで教育を受けたのち、エール・フランスに勤務。2020年、小説家デビューを飾った本作で、数多くの賞を受賞している。
 

おのまさつぐ/1970年、大分県生まれ。作家、仏語文学研究者、早稲田大学教授。『9年前の祈り』で芥川賞。近著に『歓待する文学』。

(小野 正嗣/週刊文春 2022年7月21日号)