《来年で結成50年》「一発で終わるか10年続くか、次にかかってる」THE ALFEE高見沢俊彦が『メリーアン』までの9年を“諦めなかった”理由 から続く

 デビュー48年、結成49年を迎えるTHE ALFEE。リーダーの高見沢俊彦さんは、グループの活動を続けながら、ソロとしても活躍の場を広げていきます。しかし、もともとテレビではほとんど喋らなかったと語る高見沢さん。吉田拓郎さんの言葉がきっかけでトーク番組に出演すると、気づけば「王子」「タカミー」とスタッフやファンから呼ばれるまでに。ライブ以外の世界が広がっていく中で、高見沢さんが思っていた本音を聞きました。(全3回の3回目/ #1 、 #2 を読む)

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テレビが苦手で、番組に呼ばれてもほとんど喋らなかった

――2000年ごろから、テレビでの活躍がさらに増えた印象があります。何かきっかけがあったのでしょうか?

高見沢:2000年10月から、吉田拓郎さんが『T×2SHOW』(テレビ朝日系)というトーク番組を始めることになり、相棒として僕に白羽の矢が立ったことがきっかけです。


高見沢俊彦さん

――元々、テレビの世界にも興味がおありだったのですか?

高見沢:いやいや全く。僕はテレビが苦手で、たまに何かの番組に呼ばれても、ほとんど喋らなかったんですよ。自分を活かせるのはレコーディングスタジオやライブステージだと思っていて、トークはメンバーに任せていつも一歩引いてました。

今まで知らなかったテレビの世界を拓郎さんに教えてもらった

――なぜ出演を決めたのでしょうか?

高見沢:初めはマネージャーにテレビ出演の話がきたのですが、「高見沢はやりませんよ」って断ったそうなんです。そうしたら、拓郎さんから、長文で立派なメールを直接いただいてしまって。拓郎さんの文才がいかんなく発揮されていて、「貴君」から始まるんですよ! 

「テレビに出ることは、10年後の君にとって絶対に財産になるから。僕と一緒にやらないか?」「君はまだ何も知らないと思うけど、僕の横にいるだけでいいから。一緒にエド・サリヴァン・ショーを目指そうよ」って書いてあるんです。今でも覚えています。

 それで、横にいるだけでいいんだったら断る理由はないなと思って。ところがいざ番組が始まったら「あ、それお前やってな。これもお前な」って! いつの間にか呼び方も「貴君」から「お前」になって、結局ほとんど自分で進行することになってしまって(笑)。でも、テレビの面白さや楽しさ、今まで知らなかった世界を拓郎さんに教えてもらいました。