ところが、意外な結果が出ました。私たちの今回の調査で、「非常時には、他の人たちが政府の方針に従っているか、一人ひとりが見張るべきである」という質問をしたところ、「そう思う」と答えた人の割合は、アメリカで60%以上、イギリスでは70%以上だったのに対し、日本では10%から20%程度でした。

 同時に、似たような「非常時には、他の人たちを政府の方針に従わせるために、個々人の判断で行動を起こして良い」という質問もしましたが、結果は同じ。春と夏の調査でも傾向に変化はありませんでした。

 英米では「政府の方針が決まっているなら、みんなでやらせるんだ」という“お節介”ともいえる意識が見られたのに対し、日本では「それはするべきでない」と、ある種はっきりとした線を引く人が多かった。国際的に見て日本はむしろ「反・自粛警察」意識をもつ人が多い国だといえるのです。

 では、どうして日本でも「自粛警察」が、あれほどあふれているように感じられたのでしょうか。

 一部の声の大きな人の意見は印象に残りますから、脅迫状が送られた事例などの極端な例に触れることで、そういう思いが強くなった可能性が考えられます。もっとも、大きな声を上げている人たちに、社会に害をなそうという思いはないでしょう。むしろ、人々に危険を伝えたいという善意から「よかれ」と思って、声を上げていると考える方が自然です。

 強い危機感と善意があるからこそ、繰り返し強く主張することになりますし、受け取った側も批判はしにくくなる。それに加えて、そうした「声」がニュースなどで何度も報じられると、まるで世の中にそういう考えの人が実態以上にたくさんいるかのように見えてしまう。福島第一原発事故の風評被害においても、同じようなことが生じていたかも知れません。

「一部の人」に振り回されないために

「自粛警察」が実態以上に蔓延しているという考えが広まれば、東京から青森に帰省した男性が「さっさと帰ってください」という手紙を受け取った事態のような、「正義」を背景にした言葉の暴力を恐れながら生活することになってしまいます。

 ここでご紹介した「自業自得」と「自粛警察」に関する調査結果は、他国との差異のパターンは対照的なものでしたが、いずれの場合も、全体から見るとごく少数しかもたないような意見でも、増幅されて社会全体の風潮であるかのような受け取られ方をすることがあるということを示しています。思い込みで作り上げられた社会によって、現実の私たちの命が脅かされるようなことがあってはなりません。

 パンデミックなどの有事に実際に直面した際の社会心理は、研究はおろか記録も少なく分からないことも多いので、ここで申し上げた結果に対する解釈は、推測の域を出るものではありません。私たちは今後も研究を継続し、さまざまな角度から検証していくつもりです。

※取材協力:平石界・慶應義塾大学文学部教授、中西大輔・広島修道大学健康科学部教授

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))