遠い空に心を飛ばしてくれる、詩の力

内田 まだまだいっぱい、中野さんとお話ししたいんですけれども。1年4カ月前に初めて公開対談をさせていただいた時にも、最後に谷川俊太郎さんの詩を朗読しました。谷川さんは言葉の神様、詩の神様だと私は思っているんです。私自身、物心ついた頃から、谷川さんの言葉に育てられてきたんですよ。「週刊文春WOMAN」では対談させていただいたり、谷川さんの書きおろしの詩をご寄稿いただいたり、そんなご縁もありまして、谷川さんの「家族」にちなんだ詩を今日も読ませていただきますね。詩って、ほんの数行なんだけど、遠い空に心を飛ばしてくれる力があると思うんです。では、谷川俊太郎さんの『バウムクーヘン』(ナナロク社)という詩集から。

「かぞく」

ぼくはチチがきらいだ とアニがいう

わたしはハハがきらい とイモウトがいう

ぼくみんなすき とオトウト

チチはみんなのためだというけど

かえってくるのは つきにいっかい

チチはだれもあいせないのよ とハハはいう

そんなことない とわたしはおもう

もうハハをあいしてないとしても

チチはわたしたちこどもをあいしている

ゆうがた アネのわたしはカレーをつくってる

ハハはまだかえってこない

アニはむっつりメールをうってる

これがいきてるってことなのかな とおもう

ライオンやちょうちょやまつのきやくらげ

みんないきてるってこういうことなのかな

「ハハのむすめ」

わたしはハハのむすめです

つまりはバアバのまごむすめ

アネからみればイモウトですが

わたしはまだまだわたしじゃない

わたしはわたしになっていきます

まいにちまいにちすこしずつ

ハハがしってるわたしのおくに

ハハもしらないわたしがすんでる

わたしはそこではただのいきもの

わけもわからずいきているだけ

うめきもするしうたいもします

ことばにならないたましいだいて

そっくりだっていわれるけれど

わたしはハハとはちがうにんげん

でもいつかはハハになるかもしれない

わたしによくにたむすめのハハに

「まいにち」

いつのまにか

きのうがどこかへいってしまって

きょうがやってきたけど

どこからきたのかわからない

きょうはいつまでここにいるのか

またねてるあいだにいってしまって

まっててもかえってこないのか

カレンダーにはまいにちが

すうじになってならんでるけれど

まいにちはまいにちおなじじゃない

ハハがしんでチチがひとりでないていたひ

そのひはどこへもいっていない

いつまでもきょうだ

あすがきてもあさってがきても