一体何が書かれていたのか?

 植松は手紙の中で最首さんのことを「現実を認識しつつも問題解決を目指していない」と強く批判していた。

 また、植松からの手紙は星子さんについても触れており、その箇所を読んだ最首さんは「これにはきちんと返信しなければならない」と感じたという。

「私は、長年、大学で教えてきました。大学という場所は知的に優れた人間を選抜して学ばせる場所で、私がいた東大はいわば、そういった場所の権化です。そんな場所にいながら、自分の娘とはいえ、重度の精神障害者という“役に立たない、自分では何もできない”人を情に流されて家族として育てているのは矛盾しているのではないか、その矛盾をお前はどうするのか、ということだと理解しました。相当きつい質問です」

 この手紙をきっかけに最首さんは植松に手紙を書き続け、植松からも4通の手紙を受け取った。植松は手紙の中で重度の知的障害者のことを自らの造語である「心失者」と呼び、〈一日も早く心失者は抹殺しなくてはいけません〉と書くなど、事件への反省を見せることはなかった。

 手紙をやりとりしながら、最首さんは2度の接見で植松と直接言葉を交わし、裁判も傍聴している。

 植松の死刑が確定した今、最首さんは何を感じているのか。植松から届いた手紙の詳細、拘置所での植松の姿、そして最後の接見で垣間見せた植松の「弱さ」など、2年にわたる植松との交流を最首さんが語った「 植松聖からの手紙 」は「文藝春秋」5月号および「文藝春秋digital」に掲載されています。

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(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2020年5月号)