2020年上半期(1月〜6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。社会部門の第1位は、こちら!(初公開日 2020年4月18日)。

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「同じ風俗であっても、大阪の飛田新地だったらいろんな本が出て、ほぼ語り尽くされている。でもこの“売春島”に関しては好事家の体験談のようなものばかり。『売春の実態を調べていた女性記者が失踪した』とか『客は全員監視されている』だとか……ネット上には真偽のあやしい都市伝説があふれていた。実態がわからなかったんですよ」

 売春島――。今も公然と売春が行われ、そう呼ばれている三重県の離島、渡鹿野島について、静かな口調で切り出すのはルポライターの高木瑞穂さん(44)だ。


渡鹿野島のメインストリート。旅館や置屋が建ち並んでいたが今は閉店した店も多い(著者提供)

「ヤバい島」として長くタブー視されてきた島の実態に迫った高木さんの著書『 売春島 「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ 』(彩図社)は、ノンフィクション冬の時代といわれる中、じわじわと売れ続けている。

 3年前に出た単行本は2万部を突破。昨年刊行された文庫版も5刷3万部に達するベストセラーになっている。

 夜ごと体を売る女性たち、裏で糸を引く暴力団関係者、往時のにぎわいを知る島民……。数多の当事者を訪ね歩いてきた高木さんへのインタビューから、謎に満ちた「現代の桃源郷」の真の姿が浮かび上がってきた。

「暴力団員がいっぱい女の子を送り込んできた」

〈売春島こと渡鹿野島は三重県志摩市の東部、カキの養殖で知られる的矢湾の中央部にある。周囲約7キロ、人口200人ほどの小さな島で、渡航手段はピストン運航するポンポン船(小型船)だけ。本土から隔離された島にはスナックやパブを隠れ蓑にした「置屋」と呼ばれる娼婦の斡旋所が点在し、管理売春で栄えてきた。高木さんは文献や登記簿といった紙の資料にあたる一方、20人を超える当事者たちに直接取材して、島の盛衰を描き出している〉

――「売春島」を取材したきっかけから教えてください。

高木 最初に週刊誌の記事を書くために島を取材したのが11年ほど前です。その何年か後になって偶然、この本にも出てくる「人身売買ブローカー」の元暴力団員と知り合ったんです。その男からは「あの島には暴力団員がいっぱい女の子を送り込んできた」なんて生々しい話もいろいろ聞いていたんです。

 ただ、深く取材しようと思ったきっかけは2016年5月の伊勢志摩サミットですね。あのころ「会場の賢島の目と鼻の先に、こんな売春島があっていいのか」といった趣旨の告発風のルポが週刊誌にたくさん出た。もちろん売春自体は悪であり、許されることではない。ただ売春の従事者にもそれぞれの歴史があり、生活があるわけです。島の売春産業が凋落した今なら、暴力団のシノギ(経済活動)の邪魔にはならない。ベールに包まれていた当事者たちの声を全部聞き出せるかもしれない――と。

〈渡鹿野島の売春の歴史は、じつに江戸時代にまでさかのぼる。江戸と大坂を結ぶ航路上に位置した島は、多くの船が停泊する「風待ち港」だった。島の女性たちは休息する船乗りを相手に夜伽(よとぎ)をしてはお金を稼いだ。そうして形成された遊郭は1957年の売春防止法の施行で一掃される。しかし、「稼げる島」という噂は広がり、遠方から女性たちが乗り込み、売春を斡旋する置屋文化が出来ていく〉