「恨んでるんじゃないかなって思っちゃう」

 福島県某所、高速道路のインターから30分ほど車で走った山間部の和也が生まれた実家で、母親はひっそりと暮らしている。あばら家。近隣家屋と比べてそう映る。僅かだが、畦道にはまだ雪が硬く氷状になって残っている。3月末のことである。

 待ち合わせたのはそこから車で5分ほどの最寄駅。うらぶれた商店が一つしかないのどかな駅だ。時刻表には1時間に一本も発車時間が記されていない。

 誰もいない待合室の冷たいプラスチック製のベンチに座り、話を聞いた。いま彼女は高齢者支援関係の仕事をしながら、和也の事件のことはなるべく隠して暮らしているという。

 以下、母親との一問一答である。

「和也さんから手紙の返信は来ましたか?」

「ないです」

「それに対してどう思われますか?」

「それはしょうがないかなって。立場的に本人が落ち込んでる部分とかがあったり……。娘にも(手紙を書くと)話したら『いいね』と言われたので書いたことで。娘は『私も送る』と言ってました」

「嘘偽りなく、心のままを書いたんですか?」

「そうです。ちょっと一方通行かもしれませんが」

「繰り返しますが、なぜ和也さんが返信しないと思われますか? 会いたがっていた和也さんが手紙を読めば、お母様も会いたい気持ちはあったことは分かるのに」

「私は息子や娘に対してやっぱり、一緒に暮らせなかったことは申し訳なかったと思っています。だから恨んでるんじゃないかなって思っちゃう」

「あのとき『こうしてあげれば良かった』という後悔は?」

「普通は、寄り添って親子で過ごすのが当然だと思います。でも、私にとって、やっぱり(3人で)生活できる範囲(環境)にはなかったので、(施設に)お願いした感じですね」

 生活に行き詰まり子供を施設に託す親もいれば、ときには自らの手で殺めてしまう親もいる。聖子は前者を選んだ。母親の肩を持つわけではないが、そういった子供の全てが犯罪に走るわけではない。彼女が続ける。

「現実として見てあげられなかった、一緒に生活できなかった部分には後悔しています。その反動じゃないけど、積もり積もって、悩みに悩んで悪いことをしちゃった感じなのかな、って。自分を責めたこともありました。飲みに行ったりすれば忘れることもありますが、家に帰ってひとりになると、ふと和也のことを思い出します。やっぱりあの子は私の子ですから。帝王切開で苦労の末、普通に生まれてきてくれましたから」

「メールだったらすぐ送れたんですけどね」

「死刑が確定したとき、率直にどう思われました?」

「だよね、って。やっぱり親としてはずっと生きてて欲しいのが本音。なんですけど過ちはアヤマチですから、うん」

「死刑執行まで数年間はあると思います。それまでに和也さんから『会いたい』旨の言葉があったら、どうですか」

「会いたい、って思いますよね。うん、会いたいって思います。お姉ちゃんと一緒に会いに行けたらいいなって」

「あくまで本人が望むなら、手紙が返ってくるなら、ってことですか?」

「うん、そうですね」