脳梗塞で手足の麻痺や言語障害などの後遺症が残った場合、これまでは特効薬がなく、リハビリに望みをかけるしかなかった。そんな構図が近い将来、塗り替えられる可能性が高まってきた。「Muse(ミューズ)細胞」というヒトの細胞からつくられる製剤の脳梗塞患者を対象とした治験の結果が5月18日に発表され、たった1回の点滴投与で、その後の1年間で7割近くの患者が日常生活自立レベルまで回復し、3割強は職場復帰できるほどのめざましい回復を果たしたことが示されたのだ。

「脳梗塞でしゃべれなくなった患者さんがしゃべれるようになった、歩けるようになった、手が動くようになった……。臨床医の従来の感覚だと『そこまでは回復しないだろう』というレベルまで患者さんが良くなる。実際に目にしてきて、びっくりしましたし、『いや、すごい!』というのが率直な感想でした」


東北大学病院 ©共同通信社

 冨永悌二・東北大学病院長は記者会見で、興奮を込めて語った。冨永氏が喜びを隠さないのは、「いったん脳梗塞になって障害が残ると、患者さんはそれをハンディキャップとして生涯背負う方が非常に多い」というのが医療の常識だったからだ。

誰もが持つ“幹細胞の一種”を製剤化

 ミューズ細胞とは、さまざまな細胞に分化する幹細胞の一種だ。誰の体にも存在している自然の細胞で、出澤真理・東北大学大学院教授が2007年に発見した。臓器などの細胞に何らかの異変が起こるとシグナルをキャッチして患部に自ずと集まり、修復する性質がある。しかし、脳梗塞のような重大な疾患になると、体内にあるミューズ細胞だけでは修復が間に合わなくなる。そこで培養で増やしたミューズ細胞を投与して補充しようというのが、ミューズ細胞製剤「CL2020」による治療だ。

 製剤化に取り組むのは三菱ケミカルホールディングス子会社の生命科学インスティテュート(LSII)で、治験(人を対象とした医薬品の承認を得るための臨床試験)が、複数の疾患を対象に進行している。

 脳梗塞の治験は2018年から東北大学病院で行われた。対象となったのは、明らかな運動障害がある脳梗塞患者で、発症後14〜28日といった基準を満たした35人。歩行や日常生活に介助が必要だったり、寝たきりや失禁状態など常に介護が必要だったりと重い障害を抱えていた。被験者たちは二つの群に分けられ、25人にはCL2020を、10人には偽薬(プラセボ)を投与する二重盲検比較試験が行われた。

 その結果、CL2020を投与したグループは目覚ましい回復を見せた。投与後12週で日常生活自立レベルまで回復した割合は40%に上った(プラセボ投与群は10%)。52週(1年)では68.2%に達し、職場復帰した状態まで回復した割合も31.8%に及んだ。プラセボ投与群で職場復帰した割合はゼロだった。

 回復したのは運動機能だけではない。言語障害や感覚機能なども複合的に判断する指標で見ると、投与後52週で「ほぼ正常な状態」と判断されたのは23.8%に上った。こちらもプラセボ投与群ではゼロだった。