大げさなことを書きますが、僕は「バカ」というのは「0点の可能性のあるテストを受けられない人」だと思います。

 間違えてもいいという意識が欠如していて、必ず泳げると自信が持てるようになるまでは陸の上で勉強して水に触れることすらしない、そういう人こそが「バカ」なのではないでしょうか。

 そして、これは、過去の僕のことです。こんな風に偉そうに語っていますが、僕は「これが正解かな?」と思っても絶対に手を挙げない学生でしたし、自分がいい点を取れない試験なのであれば絶対に受けたくないと逃げていました。それで成績は伸び悩み、どうして成績が上がらないのか全くわからないという状態になってしまいました。典型的な正解主義に陥っていたのです。

間違ったら、そこから学べばいい

 こう考えてみるのはいかがでしょうか。

 「間違ってもいい」「間違えることや失敗することは恥ずかしいことではなくて、どんどん挑戦するべきである」と。間違ったら間違ったで、そこから学べばいい。できないところがわかったのなら、それは後退でなく大きな前進である。0点のテストでも、受ける意味がある。そういう意識を持つべきなのです。

 そしてそれは、SNS全盛期でより簡単に「恥をかける」ようになった今だからこそ可能になっています。スマホは、いろいろなことに挑戦させてくれるし、いろいろな失敗をさせてくれるツールでもあるのです。

東大生は、0点の試験を喜ぶ

 みなさんは100点満点の試験で100点を取ったことはありますか。僕は漢字の小テストで1回だけ取ったことがあるかな、というくらいで100点なんてほとんど取ったことがありません。でも100点満点が取れたら、相当嬉しいだろうなと感じます。多分読者のみなさんも同じように感じるのではないでしょうか。

 しかし面白いことに、多くの東大生は100点満点を取ると落ち込むのだそうです。「なんだよ、受けた意味なかったじゃないか。このテスト」と。

 つまり、模試や試験・問題というものを「弱点発見のための手段」だと考えているために、1問も間違えなかった満点のテストではただの一つも弱点を発見できていないというわけです。

 逆に、0点のテストだったら「こんなに伸びしろがある!」「こんなに弱点が発見できた!」といいことずくめだといっていいのです。

 つまり、0点のテストだったら喜んで、100点のテストだったら落ち込まなければならないのです。

沖縄県の離島在住、通塾なし…厳しい学習環境から東大に合格した学生が明かす“画期的な勉強法”とは へ続く

(西岡 壱誠/ノンフィクション出版)